歴史

敦賀市

穴地蔵古墳群(櫛川)の由来と歴史を辿る現地レポート【敦賀市】

福井県敦賀市松原地区櫛川に通称穴地蔵という史跡があり、福井県指定文化財に指定されている名所である。穴地蔵がある場所は集落より井の口川対岸。造営の時代や出土品、誰が造ったのかなどの概要を資料を見ながらたどっていき、なぜ地蔵が祀られているかの理由、中世の西福寺と民間信仰などの関係の歴史も見ていき、実際に現地へ訪れます。
伝承・伝説

ゆりの里公園 鹿と水路トンネルの新しいイルミネーション|十郷用水鳴鹿伝説

福井県坂井市春江町ゆりの里公園に新しいイルミネーションができました。鹿とトンネルがライトアップられています。今回なぜ鹿なのかの由来、十郷用水鳴鹿伝説も探りながら今回のイルミネーションについても紹介します。入寮料は無料で期間は春夏秋冬年中、イルミネーションを行っています。時間やアクセス、休園日などの基本情報も記載します。
▲登山部

日野山へ登山|中平吹コースから名所難所や伝説をレポート【福井県】

7月。福井県の越前市と南越前町にまたがる山。標高は795メートル。難易度は中級ほどですが、比丘尼ころばしなどきつい所もあります。荒谷コースも人気ですが今回はメジャーである中平吹登山口から山岳信仰と伝説、歴史や地理地質なども含めて見て山頂を目指す。駐車場は広い。ヒルはいないが熊はいるので対策も必要です。分岐ルートもある。
伝承・伝説

下兵庫の蛇川「淵竜の池」由緒-スイレンと神宮寺【坂井市】

福井県坂井市下兵庫に淵竜の池があります。6月から8月頃の間、池に植えられたスイレンが咲くことで有名です。この池とその界隈には、様々な歴史と言い伝えが残されております。「淵竜」という名前の由来、池の歴史や伝説も紹介するので、観光で訪れるときに知っているとさらに楽しめると思います。周辺の見所も紹介します。
勝山市

長山公園の桜と、桜の名所になった歴史【勝山市】

桜の花見名所として、勝山市内のみならず福井県の中でも有名である。今回は長山公園がいかにして桜の名所になったかの歴史、長山公園の桜のはじまりを少し見て行こうと思う。長山公園と弁天桜が有名だが、桜の一大事業が始まったのがこの二つの地だったのだ。遊具あり、ピクニックなどを楽しむ家族、夫婦、親子で賑わっていた。見頃は4月上旬。
神社・寺院

【越前町】織田町細野・岩倉の剱神社

神饌幣帛料供進神社に指定されている。忍熊王が悪賊退治のため、左右・玉川の両浦から追討して、この地に着かれたとのいわれでこの地に建てられたと伝える。織田町の剣神社と言えば、織田信長とも縁のある越前二の宮劔神社が有名。この細野の神社は剱神社とされているが、延喜式には伊部磐座神社と記載されている。座ヶ岳の神社を遷座したとも。
旧跡・名所

足羽山山頂の継体天皇像の向きと偉蹟記念碑【福井市】

足羽山山頂は福井市自然史博物館のあるところです。治水と笏谷石の採石の徳で建立された。石像の向きはどこを見ているのか。なぜか広場とは逆の方向を向いている。継体天皇は三国とも縁が深い。偉蹟記念碑は御石像の右側にあり、松平春嶽篆額である。そんな継体天皇像も昭和二十三年に福井大地震で倒壊、昭和二十七年修理・再建され今に至る。
伝承・伝説

【名字】「多田氏」は、なぜ福井県奥越(大野郡)に多いのか

永平寺町、大野市、勝山市で、これだけ「多田」という名字が多いのは何かあるはず。滝波のお面様に関わる人物として多田太次右衛門という人物がいる。「多田氏は満仲(源満仲)の二子来住せしを家祖とし」と大野郡誌にかかれている。先祖というわけか。この源満仲の子孫が由来なのかもしれない。しかし「多田」という地名が由来の可能性もある。
伝承・伝説

【坂井市】長崎称念寺の「新田義貞墓所」と歴史

称念寺。史跡新田義貞公墓所。義貞が越前に下向すると直ちに称念寺第二代白道上人の門を叩いて、教を乞われることとなった。最後の藤島の戦において、平泉寺衆徒の裏切りにあい燈明寺畷に戦死した。さて、義貞の首相違なかりけるとて、屍骸を輿にのせ、時衆(時宗の僧)八人にかかせて、葬ひのため往生院へ送られけり。
伝承・伝説

【池田町】志津原にある「将軍足利尊氏」の墓の謎

志津原館跡。志津原二十字城山山上、近年青年会手入して公園となし、俗に丸山公園と称す『上池田村誌』。渓流温泉 冠荘の向かい。白山神社社記によれば、足利尊氏公故あって都を退き、この志津原村の亀山城に御入城になり、尊氏公城内に於いて死去。この日が白山神社の秋祭りとされ、五輪塔二基が長瀬にあり尊氏の墓と伝える。『池田町史』
伝承・伝説

【坂井市】梶の貴船神社にある「継体天皇の腰掛け石」

継体天皇がこの地へこられた跡。その地に継体天皇が座ったとされる「お腰かけ石」があったが、明治初期に貴船神社に移された。『参考:越前若狭の伝説』継体天皇(日本書紀では男大迹王)と三国について書きます。『坂井郡誌』は大正元年の資料。継体天皇の出身地が「三国」だという説があります。彦主人王と振媛の子が継体天皇なんですね。
永平寺町

【永平寺町】松岡「芝原の鋳物師」の歴史と薬師神社

この芝原の歴史は古く、その地には古くより「鋳物師」が存在していました。「ぬえ退治」や「石川五右衛門」の名まで出てくるほど。起源は、奈良時代とされていて、当時の奈良朝廷より、養老七年にこの地の鋳物師に下されたという古文書も伝えられています。この古文書を「養老の御牒」といい、現在は近くの神社に納められています。
敦賀市

【敦賀市】原にある横穴墳墓「善衆衣谷横穴墓」を探せ

ここで用いる「横穴」とは『敦賀郡誌』から。福井の文化財のホームページによると、あの山に「善衆衣谷横穴墓」なる横穴があるはず。めっちゃあやしい穴があるんです。この横穴は戦時中、防空壕として使われていたのです。B29焼夷弾空襲。この原集落から見る焼け野原はやはり、一度目の「敦賀大空襲」でしょう。敦賀市戦災復興史。
旧跡・名所

東大味集落の名所。八幡神社と奉安所、溜池と初坂のいわれ【福井市】

馬場や茶屋あともある。木造阿弥陀如来坐像。泰澄開基といわれる八幡神社。明治天皇皇太后両陛下御真影奉安所。東京の明治神宮建立に東大味の軍青団も馳せ参じた。東大味用水溜池は戸田弥次兵衛が作り、小堂がある。泰澄が腰掛けた念珠石。念珠坂の石畳を女官(お初の方)が完成させた。茶屋出とよび、越藩拾遺録に「東大味村遊女町なりし由。」
伝承・伝説

大本集落の歴史と民俗|【池田町】足羽川ダム建設地

継体天皇の妃、目子媛(部子媛)が、部子山登拝のとき、輿をかついだ輿丁前嘉の末孫が、住居を定めたのが、はじまりとも。八幡神社。正月一日には禊(みそぎ)をし、「花びら」という餅を作る。干天が続くと、竜双が滝の滝壺に安置し神酒を供えて雨乞いをした。中瀬鉱山。「金山流跡」の符号があり、砂金採取跡ではないか。
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