柴田勝家の幽霊 ~九十九橋の首なし行列伝説【福井市】

柴田勝家

柴田勝家。歴史好き以外にも名を知られているであろう有名な武将。
越前において、朝倉滅亡の後に現在の福井駅前付近に北ノ庄城を築き、織田信長の元で越前を治めていました。

そんな柴田勝家の伝説が、福井県福井市九十九橋~柴田神社に伝わっています。

今回はこの伝説をメインに見ていきます。

首なし武者行列の怨霊伝説

今回のメインは、柴田勝家そのものについてではなく、福井市橋北に伝わる「首無し行列」の階段について見ていきます。

柴田勝家の怨念か、または江戸時代の娯楽的怪談かは定かではありませんが、実際にその「行列」が出るとされました。まずは、その伝説を見ていきます。

柴田勝家の亡霊
 天正十一年四月二十四日。この日は賤ケ岳の敗戦から脱がれて帰城した柴田勝家最期の日である。柴田神社のお祭りはこの日に行われるが、以前は神社と言っても旧鳩の門内杉田六太夫屋敷の一隅に苔むした石祠とこれを包んだ森とがあったのみでいかにも物凄く拝まれた。
 明治の御一新までは、毎年その日の夜の衣に入り藩公の代参が立ち、杉田屋敷内から石祠までの道筋は鯨幕を張って人目を蔽はれた。それのみでなくその夜は当の杉田屋敷をはじめ隣屋敷も門を打ち雨戸を閉じて決して表や外を見ないことに慎んだ。それは二十四日の夜には首無し馬に跨った柴田勝家公の亡霊が通られ、これを一目でも見た者は必ずその年のうちに死ぬと言われ、禁を犯した隣屋敷の仲間や刻限を間違えた朝市行きの肴屋が亡霊に睨まれて案の定その年に死んだという実例も口から口へ上されている。
 代参の立つ夜の九十九橋から本町を経て佐久良御門を通り下馬御門前から鳩の御門内へかけての町筋、屋敷筋も悉く大戸を卸し門を打ったことも杉田屋敷付近と同じことであったという。

引用:『福井県の伝説』

よくある「見たら死ぬ」系の昔の怪談です。

「柴田勝家の首無し行列」という名でそれなりに有名?な怪談伝説です。
が、この伝説を見ると勝家の首ではなく、馬が首無しなのですね。

しかし、他の伝説ではやはり乗っている人間の首がないようです。また別の説もあったりします。

  • 首のない人が白衣を着て白い馬に跨り、行列をつくって九十九橋を渡っていく。
  • 首無し行列が出るのは四月二十四日に限らず、ほととぎすの鳴くころは毎晩である。

ほととぎすの鳴くころは毎晩て、結構きつくないですか。そんな商売にならない人も出そうです。

でも大丈夫そういう怪談にはほとんどと言ってもいいほどついてくる回避方法があります

もし行列に出会ったら、
「天下の名将柴田勝家公」と言えば助かる。
一説には「お前は誰か」と聞かれるから「柴田勝家の家来」と答えればよいとされる。
参考:『越前若狭の伝説』

柴田勝家も鬼畜ではありません。むしろ北の庄を開いたので民からは感謝されている存在でしょう。柴田勝家公の見方だという事を示せば、死は回避できるという事なのですね。

で、この伝説ですが、よくある話では九十九橋に現れるということで、なぜか「九十九橋が心霊スポット」なんて言われたりもしています。しかし、この伝説を見る限り、

九十九橋~本町~佐久良御門~下馬御門前~鳩の御門内(柴田神社?)

のルートを行進していくと考えられていたのかもしれません。
なので九十九橋だけではないのです。

ちなみに伝説によっては、橋南の毛屋を馬で走り回るという話もあります。

とりあえず今回は「首無し行列」が行進したとされる九十九橋から柴田神社付近までのルート追ってみたいと思います。

首無し行列の行進ルートを行く

というわけで、怨霊伝説「首無し行列」の行進ルートを辿ってみましょう。

スタートです。

九十九橋

首無し行列九十九橋

まずは九十九橋
進行方向です。

向こうに交差点があります。

この橋は何代も架け替えられている橋です。それは柴田勝家の時代からあるのでそうでしょうけど。

本町

首無し行列本町

九十九橋から信号のある交差点を右に曲がると、本町通りです。

今はこんなに大きい通りになっています。しかし、どうも昔の本町通は、今よりもほんの少し南にあったようです。まあ、気にせず行きましょう。

佐久良(桜)御門

首無し行列佐久良(桜)御門

本町通を進んでいると、片町との交差点に差し掛かります。ここがちょうど「佐久良御門(桜門)」のあった場所です。

ちなみに「片町」という名前は、片方が堀で片方が町だったことから来ています。なので、ここに門があったという事は、そこに堀があったということ。お互いに証明し合っている形で名残を残しています。

さらに、この交差点を南下すると、「桜橋」という名前の橋があります。とくに何か言われているわけではないですが、私はこの「桜門」から来ていると思っています。それと足羽川の桜並木二重の意味が込められているのかな

今はまっすぐ本町通りを進みます。

本町突き当り

首無し行列本町交差点

大名町交差点まで来ました。向こうに見えるのは新しい繊協ビルですね。

昔はここで再び堀があり、本町通りの突き当りとなりました。ここを左折していくと鉄門がありました。

鉄門(くろがねもん)

鉄門付近

セブンイレブン前の交差点。福井鉄道の福井城址大名町駅のある信号の交差点です。
此処が鉄門のあった場所です。

佐佳枝廼社前の通りへ行く形で、鉄門をくぐります。

鉄門をくぐりクランク

鉄門を潜る

鉄門をくぐると、すぐに堀があり突き当りになっていましたので右折。今は繊協ビルの横の細い道から行きます。この道もぎりぎり昔の道に被っているのであながち間違いではないです。

この細い道を行くと再び言っ材の大名町交差点に出ます。

鉄門内

この交差点をまっすぐわたります。昔はまだ一本道の途中です。横断歩道を渡り切ったら、昔の道は屋敷に突き当たって、左にしか道がありませんので、道なりに。

下馬門前

下馬門前通り

今の西武前通りです。路面電車が通っています。右の三角地帯は工事真っ最中の頃でした。

この工事真っ最中の三角地帯の場所に「下馬御門」がありました。なのでここが下馬門前通りです。工事中に何か門の土台でも発掘しないかなぁ。とも思いましたが、今さら何か見つけてもなかったことにされちゃうんだろうなぁと悲観的になってしまいました。都市開発なんてそんなものだろうと勝手に思っています。

とにかくここをまっすぐ行きましょう。

下馬門前通り突き当りを右へ

杉田屋敷付近1

西武前通りをまっすぐ進むと、こんな感じのアーケードがあります。
ここがちょうど下馬門前通りの昔の突き当りです。大体この辺りです。なので、このアーケードを進んでいきます。

鳩が御門(漆門)前

首無し行列柴田通&漆門(鳩が門付近)

アーケードを抜けました。
アーケードを抜けたこの交差点辺りが鳩が御門又の名を漆門があったところです。

そしてこの辺りに杉田屋敷があったようです。

鳩が御門(漆門)前通り

首無し行列鳩の門付近

この通りは現在通称「北の庄通り」と呼ばれ、いかにも柴田勝家と関わりのありそうな名前の通りになっていました。

通りの途中には、上写真のような説明の書いてあるものもあります。

柴田神社

首無し行列柴田神社

そして、この北の庄通りの途中に鳥居が見えます。
ここが柴田神社です。

というわけでゴールです。

九十九橋から鳩が御門前の杉田屋敷(柴田神社)まで首無し行列の行進ルートと思われる道筋を辿ってみました。

怨霊伝説という事でこんな道を辿ってみるなんて暢気なものと思われそうですが、まあ昔の地図片手にたどってみると面白い物なのです。

なぜこの伝説が生まれたのか

そもそもどうして九十九橋に柴田勝家の怨霊が出るなんて言われたのか。

いろいろ要因はあると思うのです。

まず九十九橋自体にちょっとあれな伝説があります。それは「人柱」です。そんでこの人柱の怨霊の伝説まであるのです。もしかしてこれと混ざった…?

で、九十九橋自体、柴田勝家の時代につくられたもので、勝家が北の庄(現在の福井の基盤)を開発発展させていく中でできた橋でした。つまり柴田勝家によってつくられた橋です。しかも半分石半分木でできていたという珍しい橋でした。

できたのは1575~1577年の頃だそうです。

そんな珍しさ、勝家との縁の深さがあったが故に、勝家が北の庄で敗れた後、このような伝説が生まれて行ったのではないかと思います。

しかも敗れた相手は、勝家のライバル秀吉です。
さぞ無念だったことでしょう。その無念だったことだろうという思いは昔の人々も思ったことと思います。そこから「怨霊」という発想が出てきたのではないかと思います。

そう考えると、北の庄(福井城下)の人が九十九橋という交通の要衝をつくった勝家を忘れておらず、ずっと「九十九橋=勝家」という形で皆の記憶に残っており、さらに秀吉に負けた勝家の無念を皆が感じていたのかも。
いわゆる、「勝家を慕っていた気持ち」が徐々に「九十九橋首無し行列の怨霊怪談伝説」を作り上げていったのではないかとも思うのです。

いや、もしくは結城から移動して来た初代福井藩重臣たちが、福井に根付く勝家の話を聞いて、怨霊伝説を連想させたのか。

いずれにしてもこの伝説は、単に「怖い話」なんかではなく、勝家と福井のつながりを象徴するような伝説だったのかもしれません。

その象徴ともいうべき、勝家にゆかりのある場所がいくつかあります。
柴田神社西光寺です。

【関連記事】柴田神社と北ノ庄城址の歴史 ~パワースポット【福井市】

 

【関連記事2】:西光寺と柴田勝家・お市の方墓所の言い伝えと見どころ【福井市】

参考文献
『福井県の伝説』
『越前若狭の伝説』
中日本建設コンサルタント株式会社 島田技術顧問のサイト F18 福井県

基本情報(アクセス、駐車場)

柴田神社

最寄り駅は、北陸本線福井駅から徒歩6分
駐車場は、北陸本線の東側にあるようです。県道5号線の南側、北陸本線線路沿いにあります。駅前にたくさん駐車場があります。プリズム福井駐車場や北の庄近くのシステムパーク辺りが信用できそうです。

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九十九橋

最寄り駅は、北陸本線福井駅から徒歩15分バスを使えば、本町角バス停すぐ。
駐車場は、橋に近いのは、システムパーク九十九橋あたりだと思います。駅前と併せて見るなら、上と同じようにプリズム福井駐車場や北の庄近くのシステムパーク辺りが良いと思います。

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