大野市

白龍神社の言い伝えと御岩【福井県大野市穴馬村下山】

福井県大野市元穴馬村の下山に白龍神社という神社があります。この神社は何を祀っているのか。どんな言い伝えがあるのか。今回元区長さんにお話を聞くことができたのでその内容も併せて紹介します。
福井市

福井市営火葬場の3代の歴史~足羽山火葬場跡・小山谷荼毘所跡・福井市聖苑

小山谷火葬場・足羽山火葬場・福井市聖苑と、福井市の市営火葬場は現在三代目に当たります。かつて小山谷荼毘所という物があったり、福井市七大荼毘所があったりしたようです。今回は市営火葬場をメインに見ていきます。
敦賀市

敦賀町営火葬場跡(湯山火葬場)と湯山墓地【敦賀市】

福井県敦賀市の元公営火葬場があった跡地。火葬場跡地を見ていきます。湯山火葬場といわれた火葬場とその歴史を辿ります。まず敦賀に最初に公営火葬場が登場したのは明治時代、当時の関口町長は時期、水害に見舞われ、伝染病が発生したために、明治三十五年に当時の土葬習慣が改められ、共同埋火葬場を建設するなど尽力したということが『敦賀市史 通史編 下巻』に書かれています。
若狭町

若狭脇袋の集落火葬場~野焼きの穴とお寺の方の話【若狭町】

福井県若狭町上中脇袋の火葬場にお邪魔した。今回は脇袋の法順寺さんと共に火葬場に訪れ、色々とお話を聞かせてもらった。今回はそのレポートとして単独記事で記録する。若狭の集落火葬場を知ることにもふさわしいのではないかと思う。
若狭町

「上兼田の三昧」で名の知れた土葬地とサンマイの杜【若狭町】

福井県若狭町兼田。ここに「にっぽん縦断こころ旅 2014春の旅」で火野正平さんが訪れたという有名な土葬地(サンマイ)がある。田園の中に島のように森が茂るその様子はまさにサンマイであり素晴らしい風景。今回はそのサンマイの杜についても触れていこうと思う。
おおい町

本郷軌道(若狭本郷駅~父子)廃線跡と地元の方の話【おおい町】

福井県おおい町の若狭本郷駅からかつて延びていたとされる本郷軌道。その廃線跡を辿る。地元の方の話や海元寺周辺の廃線遺構。郷土資料から歴史と廃線を探していきます。
大野市

大野の芝桜~花桃とシバザクラの共演と撮影時期【福井県大野市】

福井県大野市に芝桜と花桃の共演が見ることのできる場所があります。越前大野といえば花桃と芝桜です。その両方が見られる牛ケ原について、アクセスや撮影時期などを掲載して紹介します。撮影時期は2023年4月9日。花桃も芝桜も見頃でした。
大野市

越前大野は花桃の里~勝原・牛ケ原幸街道・下山九頭竜花桃回廊・井ノ口・葬祭場周辺【大野市】

福井県大野市には花桃の名所がいくつもあります。もっとも有名なのは勝原。その他和泉村などにもあるので満開や開花時に撮影した時期、アクセス、現地の様子などを掲載し写真を載せていきます。2024年に下山九頭竜花桃回廊を更新する予定です。
鯖江市

三度栗の伝説~親鸞聖人の旧跡名所【鯖江市舟枝】

福井県鯖江市中河地区舟枝に親鸞聖人旧跡である三度栗という場所がある。三栗島ともいい、石碑なども立っている。この地に伝わる伝承を掲載する。朝倉義景が落馬したという伝説もある。
南越前町

鋳物師の名桜、鋳物師の由来~桜吹雪を見ながら~【南越前町】

福井県南越前町の桜の穴場名所。鋳物師の桜を見に行った時期は満開からの桜吹雪の時期であった。鋳物師の読み方は「いもじ」と読む。美しいその風景に魅了された。なのでここに鋳物師の簡単な言い伝えも紹介しながら、桜の風景を紹介していこうと思う。
南越前町

獅子岩伝説と桜並木~長沢の弁慶・杣山合戦水攻めの言い伝え【南越前町】

福井県南越前町長沢に丸山という所があり、そこには獅子岩という場所がある。その場所には弁慶の伝説や杣山合戦の伝説が残されている。またその周辺には今は桜並木が植えられており春には桜が咲き誇っている。
南越前町

日野川(南条~湯尾)の桜並木【南越前町】

福井県南越前町の日野川堤防に桜並木の名所。撮影時期などを記載し紹介していきます。訪問時は満開の時期、2023年4月2日。アクセス(最寄り駅・自動車)や駐車場なども記載します。
敦賀市

庚申塚(沓見)の伝説と桜~古の庚申信仰と季節の風景【敦賀市】

福井県敦賀市沓見の敦賀総合運動公園近くの交差点、運動公園西口近くに石の祠がある区画があります。この祠について見て行くとともに春には桜が咲くのでその様子も見ていきます。
若狭町

三方石観世音の伝説~手足の木造・片手観音【福井県若狭町】

福井県若狭町。読み方は「みかたいしかんぜおん」、別名片手観音。その名の通り石に彫られている。普段は非公開で御前立があり、本尊御開帳は33年に一回。境内の写真と共に由緒・伝説を見ていく。
越前市

天保の飢饉餓死者供養墓と天保救荒碑~飢饉の歴史と大井帯刀永昌【越前市】

福井県越前市武生内にいくつか天保飢饉餓死者供養墓があり、中には悲惨な伝承も伝えられている場所もある。飢饉救済の飛騨郡代大井帯刀永昌と本保の武生市本保町天保救荒碑、かつて餓死者を埋めたという称名寺裏や供養塔の立つ信越化学工場沿いの碑を見ていく。
小浜市

若狭浦の名前の由来と古墳「王塚・黄金の鶏」伝説【小浜市】

福井県小浜市内外海地区に若狭という集落がある。若狭小浜の若狭である。なぜこの名前になったのか、その由来を見て行く。またその村に伝わる伝承と古墳の関係も見て行く。