滝波のお面さん祭りの神事と名替え式に参加【勝山市】

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福井県勝山市には「お面さん祭り」という伝統行事が二回あります。

その一つが、今回私が参加してきた、毎年2月11日にある「滝波のお面さん祭り」です。

今回は、そのお面さん祭りについて、祭りに参加した様子とどんな祭りなのか、またお面様とはいったい何なのか祭りの始まりの由緒や歴史なども紹介します。

お面様について

お面様とは

まずお面様とは何なのか、何者なのかを見て行きます。

滝波のお面さんは全部で三体います。

天正2年(1574)七山家の一揆勢力と平泉寺との戦いの後、能面が滝波に伝えられたとされるようです。

 七山家の小原村の一揆衆が平泉寺から戦利品として神宝のうちに七つの面があり、これらを村の子どもが遊んでいたところ村中に疫病が起こった。そのためこれらの面は滝波川に捨てられた。天正15年正月11日に下流の滝波村の村長がこのうちの三面を拾い、村で敬い祭るとさまざまな良いことが起こったので、大切に保存するようになり、年に一度開帳の祭礼を行うようになった。

参考:『滝波区お面さん由緒書 (お面さん祭り説明書き)』

もとは平泉寺の所有物だったようです。お面様の由緒はいくつもありますが、この「元は平泉寺の物」という点においてはすべて一致しているので、おそらくは間違いないのではないでしょうか。

このお面様は神として崇められていますが、戦国時代真っ最中の出来事を今に伝える遺物でもあるのです。

お面様の伝説

お次は、滝波のお面様の伝説を見て行きます。

内容は、先ほどの由緒に似ていますが、所々普通ではありえないような「伝説」らしい展開も追加されています。ただ、こちらの方がよりその状況や、お面様の神様としての姿があらわされています。

 小原の者が平泉寺焼打の時、戦利品の七つの面の祟りがあった。若者が宴会をしたとき、その面を被って踊ったが、三面だけは顔にくっついて離れず、無理にとったら顔に傷がついた。若者は怒って滝波川に投げてしまった。正月十一日に滝波区の多田太次右衛門が川に流れてくる三面を見つけて、奇瑞(きずい)があるなら拾いあげようというと、翁面は三足鳥と化して漂着して田の周りを飛び回ったので、これを崇敬して祀った。毎年二月十一日(昔は正月十一日)には区長の家の仏壇に掛けて、区民には遙かに拝観させて祭りをする。お面の相が円満な年は豊作で、こわい年は凶作である。

参考:『福井県の伝説』

先ほどの由緒とは少し違うニュアンスの部分もありますが、それはこういった伝説ではよくあることなのでそれほど気にしないでおきましょう。

伝説でお面様の神としての姿を一番表現しているのは、やはり「お面の相が円満な年は豊作で、こわい年は凶作である。」という部分でしょう。この滝波のお面さんの祭りのニュースなどでよく見る説明です。

歴史の遺物でもあるお面様ですが、神様だということもよくわかります。

また、お面様を拾った多田太次右衛門については、源満仲の子孫であるという説もあるようです。これについては、別記事で紹介します。

お面様の逸話

お面様の伝説以外に、以下のような話もあります。

昔、殿様がお面を見せよといって、お開帳の日ではなかったのに無理に開かせたところ、雹(ひょう)が降りました。殿様は霊験をおそれてお面田を寄進しました。お面田は戦後農地改革のときに廃止になりました。

参考:『勝山市史 風土と歴史』

殿様も畏れるお面様です。

この話に関しては、本当のことかもしれませんが、もう一つ意味があると思っています。

それは、殿様という絶対権力者に庶民が(または庶民の味方である神様が)一泡吹かせるという意味です。

私はこの話に絶対権力者への抵抗の意味もあったのではないかと考えています。

滝波のお面さん祭りの様子

御開帳

では、お面様について詳しく分かったところで、祭りの様子を紹介したいと思います。

昔は区長の家でやっていたらしいですが、今は「滝波町ふれあい会館」で行われています。外では、芋を焼いていました。

御開帳の時間は、午前十時です。年や何かの事情によって変更されるかもしれませんので、毎年確認していってください。

お面様へ参拝

最初は、区の人や関係者から参拝していきます。このときは、司会が進行して厳格に神事が行われます。

そのあとから一般の人も自由に参拝します。ここからは、もう和やかなムードでいつでも参拝可能です。皆さんも好きに話をしたりしています。

 

皆さんかなり親切で、「もっと前行って撮ればいい」といってくださり、かなり近くで見ることができました。というわけで、私もお参りをしてお面様を撮らせていただきました。ありがたいです。

こうみると、すべてが翁の面ですね。

もう一つの北谷谷のお面様と併せて、元は7面だったといいますが、こうもうまいこと翁の面だけがこの滝波へ流れ着いたのですね。何とも不思議です。

見てみると、やはり古いことは分ります。戦国時代にはすでに存在していたものですからね。

ただ、「神様」という感じはものすごく伝わってきます。

 

お面さんにお参りするとき、薄切りの大根の上に米をのせた「おしとぎ」というものを頂きます。

お面様祭りに関する展示

今回お世話になった方に、いろいろ教えていただきました。

そのなかに、このお面様祭りの会場内の後ろ端にお面様祭りに関する資料や由緒書きなどがあるということを教えていただきました。

お面さんの由緒書き烏帽子帳の説明などがあり、自由に持ち帰ることができる説明書きなどもがありました。

郷土史が置いてあり、写真ではありますが昔の古文書みたいなものもありました。

古文書自体は私は読めませんが、その下の紙にそれを約した内容の記述も添えられており、かなり親切に説明されていました。なので何も知らずに現地へ行っても、お面様と祭りについての由緒を知ることができるようになっています。

祭りの様子

結構自由な感じで楽しみました。

ただ写真撮っていただけの自分も、席に招かれ食べたり話をしたりしていました

親切な方たちでね・・・、なんか、世知辛い世に、こうやって迎えてくださって、ひどい社会に埋もれている自分にとって、懐かしくもあり、こんなに親切にしてくださり、胸が熱くなって今でも思い出します。真面目に泣く手前まで来てましたね・・・。

祭りっていいね。

名替え式

午後二時からは、もう一つの行事が始まります。

名替え式と言われる行事です。

ここで帰る人も多いそうですが、「名替え式も最後まで見て行ってほしい」といってくださったので、ありがたく最後まで見ていくことにしました。

名替え式。(壇の上の方には、個人情報が書かれているので塗りつぶしてます)

「名替え式」とは、さきほど少し出てきた「烏帽子帳」に関係することです。

近年、「烏帽子着祝い」から「名替え式」に変更になったそうです。

 

説明書きによると、これは通過儀礼の一つで、中世の武家社会に起源をもつらしいです。男子が元服(成人の儀式)のときに、烏帽子を冠せてもらいます。

滝波区では年ごとに、家督相続した青年、養子に入ったもの、新たに村入りした者の通過儀礼とし、先ほどの「烏帽子帳」には、宝永6年(1709)から現在までが残るといいます。

それが、お面さん祭りをの日に併せて行われ、多くの人に見まもられる行事になったのだそうです。

私は、手前の席で見ていました。

この名替え式でも、名替えする代表者に「おしとぎ」が配られます。

今ここには、ほとんどが地域の人しかいない状態です。若い方もちらほらいらっしゃいます。

そして、唄を歌います。昔からの神事に使われるような唄です。

さきほどの和やかなムードは続いてはいましたが、その唄を歌う様子は、確かに地域独特の行事をはっきりと感じさせる空気でした。

「おしとぎ」とは

「お面様祭り」でも「名替え式」でも、このおしとぎが配られます。

この「おしとぎ」とはいったい何なのでしょう。

先ほども少し説明しましたが、薄切りの大根の上に、水でといだ米をつきくだいてまるめたものを乗せています。

滝波では、これを食べると病気にならない、産前産後の肥立ちに良いなどと伝わっているそうです。

また、この「おしとぎ」には、神事の際はほかにも意味があるようです。

おしとぎはは三方に盛り、これに箸がつけてあるが、神がまずこれを食べた後に、参会者もたべるという、古い形式を伝えたものである。

参考:『勝山市史』

説明書きにも書いてありますが、この「おしとぎ」というものは「供え物」です。

神である能面に「おしとぎ」を供えて(神が食べて)、そのあとに皆でいただきます。

神とのなかだちの役割であり、神と共に食べる

ということです。

この会場もそうですが、お面様の前で、お面様と同じ空間でみんなで食事をするということに、意味があるということです。

そういえば、この地域の人たちはお面さんの事をすごく慕っていました。

神をおそれ崇めるをいうよりも、この村の一員というような感じでした。

地域の神様や妖怪というものは、意外と恐れ避けられるものというよりかは、一緒な土地に暮らしている「一員」という認識の方が強いのかもしれません。

神を慕う祭り

今回、地域の祭りを紹介しました。

地域の神を慕い、伝統を守り継いで今まで行われてきた祭りです。

今後もこの祭りがずっと続いていくことを願うと共に、多くの方にこの祭りの多様な魅力が伝わればよいと思います。

参考文献:『勝山市史 風土と歴史』『福井県の伝説』他由緒書き

基本情報

祭りの日時は、毎年2月11日。
時間は、午前10時から御開帳。午後二時から「名替え式」。

最寄り駅は、えちぜん鉄道永平寺勝山線勝山駅バスに乗り換え、滝波町バス停で下車。徒歩3分

駐車場は会場にありますが、多くの方や関係者、報道機関がくるので、公共交通機関を使ってくることをお勧めします。

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もう一つのお面様祭りである「谷のお面さん祭り」も参加して来たので、そちらの様子も記事にしています。

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