不動滝と不動明王像 ~修験者の守り本尊【勝山市】

不動滝広場

北谷町谷の牛首道の先に、雄大に流れ落ちる滝があります。
「不動滝」と言い、その傍らにはかつて平泉寺の修験者が守り本尊と祀っていた不動明王像が祀られています。

今回は、この不動滝と不動明王像の様子や由緒を紹介します。

どこにあるのか、どんな場所か

福井県勝山市北谷町谷。
ここは、勝山のさらに山奥にある地区です。豪雪地帯でも名が知れています。

この谷区の集落から、お面さん祭り谷城などがある「伊良神社」へ向かう途中に不動滝への看板があります。

不動滝へ

ここには不動滝の説明が書かれています。この案内に従って、急斜面を下りていきます。

ここからは石畳となっており、かつて「牛首道」という勝山と加賀を結ぶ交通の要所でした。こどうであり、当時を偲ぶ「馬つなぎ石」や戦国時代の刀傷があるという「怨み石」などがあり、古い時代を想われる道です。

牛首道や馬つなぎ石に関しては別の記事で紹介しています。

少し足場の悪い所やもの凄く滑るところもあるので注意しながら進みます。

そして、この先に不動滝があります。

不動滝

雄大な滝の様子

不動滝

広い口から流れる不動滝
四角形の印象が強い滝です。その分水量も多く雄大です。

また、この滝の下は大きな石がゴロゴロ転がっており、苔やシダなどが自生し、多くの石の間を流れる水は自然の美しさを感じられる場所です。

滝の水の音と冷たい風が吹きつけてきます。

名前の由来は、後に見ていく「不動明王像」から来ています。

不動滝広場2

滝の下はちょっとしたスペースがあります。

ベンチもあり、ここで滝を見ながら休憩というのも良いかもしれません。

不動滝の高さの謎

滝の高さについて少し気になるところがあります。『勝山市史』と『北谷見聞記』を読み比べたのですが、すごい誤差があるのです。

  • 高さ三丈二尺(9.7メートル)幅一丈三尺余り(約4メートル)『北谷見聞記』
  • 滝の高さは30メートルある。『勝山市史』

これは、どういうことなのか。

なんというか、純粋に記述ミスのような雰囲気もしなくはないですが、ぱっと見30メートルあるようには見えませんし、『北谷見聞記』の9.7メートルが正しいと思われます。

しかし、もしかしたらどっからどこまでを「不動滝」としているかにもよるのかもしれません。この上にさらに滝があるとすれば、そこからも測っているのか。

わかりません。

不動明王像

そんな不動滝の傍らには「不動明王像」が祀られています。

不動明王像

こちらにも親切に説明の上が置いてありました。

周りには倒れていますが、竹で作った花立や瓶があります。

平泉寺最盛期の作品で、山をゆく修験者(山伏)の守り本尊として祀られたものである。
「天文二十年七月慈明権僧都(ごんのそうず)」と刻まれているが、慈明は平泉寺の僧なのかあるいは旅の修験者であったのかわからない。

引用:『勝山市史』

平泉寺時代の石仏ということでかなり古いものだということです。

ちなみに現地の説明板では、

天文二十年辛亥七月吉日滋明権少僧都

と書かれているということです。

石仏の横には確かに文字が書かれており、左に「天文~」、右に「慈明~」とあります。
風化してはっきりとは読めない状態になっています。

不動明王像の崖

崖を切り落として作ったのか、石積みもあり自然と歴史の融合です。

この不動明王像は勝山市や谷区にとっても重要なものでもあります。

大正14年8月11日に谷区で大火があり、それ以来この不動明王像を鎮火の神としてきたといいます。
また、昭和47年4月21日には勝山市の文化財に指定されました。

昔も今も大切にされているということです。

不動明王像とその下にも石碑がありますね。

○○寅年
南无○○○佛
二(三?)月五日

とあります。
これも風化しすぎて見えませんね。

誰かの墓石なのか、純粋に石碑なのか。

雄大な自然と人々の遺産に酔いしれて

古道の先にある不動滝と不動明王像。

修験者や旅人など多くの様々な人々が行き来して、見てきた風景がそのまま残っているこの場所は、自然と人々の歴史が作り出した光景が広がっています。

これからもこの歴史は続いていくことでしょう。

参考文献:『北谷見聞記』『勝山市史』

基本情報(アクセス、駐車場)

自動車では、勝山ICから車で18分

駐車場はありませんが、集落手前にちょっとした広場がありそこに停められます。

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