大佛寺山へ登山「血脈池」伝説|大本山永平寺の裏山【永平寺町】

 

福井県永平寺町。あの言わずと知れた永平寺の後ろにある山があります。

それは「大佛寺山」という山で、今の永平寺の前身がこの山の中腹にあったといいます。

その山の中に今回目的とする「血脈池」があります。

その登山レポートと伝説についてみていきます。

大佛寺山登山編

登山口から瓦礫の道

私は、永平寺ダム(大佛湖)にある登山口から行ったので、大佛寺跡も池まで行く道にあり、寺跡も見てきました。

 

周辺に数台分くらい停めれる駐車場があるので、そこに車をとめてゆきましょう。

もうすぐそこに登山道があります。

この道は道元禅師「祖跡コース」というらしく、

永平寺を開いた道元禅師が通った昔ながらの道だそうです。なので、所々石段もあったり。

登山口に看板があり、そこにも絵で描いてありますが、血脈池へは一度大佛寺山を登り切ってから、また少し下りて行かなければならないのです。

 

最初は瓦礫だらけの道です。倒木もあったりしますが、地蔵さんが見守ってくれています。

「無事登って帰れますように」

この瓦礫の域を超えた後に普通の登山道が現れます。

 

道中「虎斑ノ滝」分岐

途中、川を渡る横に「虎斑ノ滝」への分岐があります。

最初この滝がそうかと思いましたが、どうやらもっと先のようです。

残念ながら今回は時間がなかったので、虎斑ノ滝へ入っていません。

 

道中祖跡コースの急な石段

さらに登っていくと、かなり急な石段の道が現れます。

これは昔からのものでしょうか、最近の石段のような感じではないかなと思いました。

この急な石段が結構続くのです。これはかなりきついです。

まあしかし、なんだか修行しているような気分ですね。

 

御開山硯石の水

急な石段を登っていくと御開山硯石の水」という看板が現れます。

名前の通り、道元さんがこの水を硯に使ったという言い伝えがあるようです。

看板の横には石柱と、パイプから少しずつ流れ出てくる水がありました。

手を洗うだけにしておきます。

 

大佛寺跡

だいぶ上ると、山頂の手前くらいに広い平地が現れます。

大佛寺跡

ここは「大佛寺跡」です。

さきほども言いましたが、ここが永平寺の前身だそうです。

 

あちこちに石で積まれた祠みたいなものの一つひとつに仏像が安置されていました。

寺の跡という土地で、歴史とそれ以外に何か別のものを感じ取ることができる、なんとも不思議な空間です。

 

大佛寺山山頂

大佛寺山山頂

大佛寺山山頂。

当時12月だったので、草木の葉も落ち、永平寺の志比の町が見えます。

山頂付近には降った雪が少し残っていました。

 

さて、今回の目的地はここではなく、この先にある血脈池です。

なので、ここから未知の世界です。どこまで行けば血脈池にたどり着けるのか・・・。

 

血脈池編

大佛寺山山頂から血脈池へ

山頂から、今来た道と別にあるもう一つの道があります。

これは今来た道ともう一つの道の2通りしかないのでわかりやすいです。

山の尾根を歩くような感じです。所々雪のあり気を付けなければ。

 

血脈池1

しばらく尾根を歩いていると、山頂からの進行方向右手下に水たまりが見えてきました。

右へ降りる道も現れます。そこを下れば血脈池に到着です。

 

血脈池の伝説

血脈池4

 波多野出雲守義重が越前を治めていた時、美しい女性がいたので、召使いとして身の回りの世話をさせ気に入っていました。しかし義重の夫人はこれを憎み、義重が上命により京都へ行った時、その女性を山の中の深い池に沈めました。女性は恨みを抱き亡霊となってしまい、時には大声をあげて叫ぶこともありました。
 あるときひとりの僧が来ました。村民は「近ごろ妖怪が出ているから、行かないでおきなさい。」といいました。僧は「自分で確かめる」といってでかけました。
 僧が池のそばの老樹の下にすわっていると夜中になって、池から女性が髪をふり乱してあがってきました。女性は僧の前で、座って泣きました。
「わたしは義重の下女です。夫人にこの池に沈められ、恨みが解けない。弔ってくれる者もいない。どうか義重に告げて、わたしの冥福を修めるようにしてください。」といい、袖を解いて僧に渡しました。
 僧は京都に行き、義重にこの事を告げて袖を見せました。義重は動揺しました。翌日僧とともに深草へ行き、道元禅師に救いを求めました。
 禅師は「ここに仏祖正伝のぼさつ戒の血脈がある。これを得たものは必ずぼだいを得る。今これを亡霊に与えよう。僧はすみやかに越前に帰って、これを池の中へ投げよ。」といいました。
言われたとおりに行うと、空中に声が響きました。
「無上の妙法を得た。幽冥の苦痛を脱してぼだいの果を成した。」と告げました。義重は喜び、新しく寺院を構え、禅師に開山第一祖となってほしいと請いました。今の永平寺がこれです。その池は永平寺境内にあり、血脈池といいます。

参考:『越前若狭の伝説』

伝説によると、永平寺の歴史のきっかけがここにあるということになりますね。

伝説によればですが。

 

そんな伝説を偲ばせる池が残っているのは、伝説好きの私からしたら興奮します。

血脈池3

 

最初、血脈という意味が分からず、漢字からなんかやばいものなのでは?

と思っていましたが、違いました。

 

なんか、「師から弟子へ伝わる秘伝のもの」の事を指すらしいです。

血が脈を伝わるように、弟子に伝えられることとか聞いたことがあります。

血脈池2

池の中央には、「血脈」という石柱がほぼ埋まった状態でありました。

 

(ちなみにベンチは、つぶれてました。)

伝説と歴史を感じさせる場所です。

おわりに

今回、大本山永平寺の前身とその始まりを追ったような登山になりました。伝説もまあ、可哀そう系の伝説でしたね。

 

アクセスは、国道364号線を永平寺メイン通りより260メートル程南の白山神社への道に入り、白山神社の右の横道を行きます。

駐車場は永平寺ダムにいくつかあり、その奥へさらに行くと登山道と数台分の駐車場があります。


帰り道、下山途中にすれ違った方と少しおしゃべりしました。

どうやら、この山は特に熊が多いらしいです。

ここに来る際は、熊対策(鈴くらいしかないけど・・・)をしっかりしてこないとですね。

 

一応大佛寺山に。

 

クマさんには気を付けて。

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