瓜割の滝がなぜ名水といわれたか。昔からの伝承と今を見る【若狭町】

福井県三方上中郡若狭町天徳寺に若狭瓜割名水公園と呼ばれる自然公園があります。この公園内に、県内外でも非常に有名な「瓜割の滝(読み方は「うりわり」)」という名所があり、常に賑わいをみせていて、周りには売店もあり、観光地としても整備されています。

夏には、福井の数少ない避暑地としても人気です。

今回はこの瓜割の滝についての記事です。

といっても、この瓜割の滝の観光案内については多くの方が紹介されていて、ここで細かく紹介することも野暮だと思います。

なのでこのサイトでは、この瓜割の滝なぜ「名水」と呼ばれるようになったのかということを郷土史の観点から魅力を伝えたいと思います。

若狭の名水「瓜割の滝」とは

瓜割の滝1

まずは簡単な紹介だけしたいと思います。

瓜割の滝とは、若狭瓜割名水公園内にある滝のことで、全国名水百選に選ばれていて、福井県の観光名所の一つとして有名です。

昔の文献などでは「瓜割清水」「瓜割の水」という言われ方をします。

私個人としても、この「瓜割清水」「瓜割の水」といった言い方の方が好きです。今広く知れ渡っているのは「瓜割の滝」という名前ですが、実際は「滝」という感じではなく、岩と岩の間を「清らかな水が流れている」という感じなので、「清水」という方があっているような気がします。

 

では、ここからこの瓜割の滝について、深く掘り下げていきましょう。

あまり観光向けの記述ではなくなってしまいますが、一つ、この地が「ただの観光地」ではないということだけでも伝えればと思います。

天徳寺の地区

天徳寺地区があるのは、まさに若狭街道沿いです。

地区の北側には若狭街道が貫いていて、利便性や旅人が立ち寄る土地にもなっていたのかもしれません。天徳寺の西側では、小浜の町まで一望出来たそうで。その眺めは絶景だったそうです。

「水の森」という霊地

水の森

天徳寺を過ぎたあたりにある石柱と鳥居の先は、こちらの世界とは何か違う空気が漂っています。写真でもわかるように、ちょうど鳥居の向こう側から暗くなっています。ここから、さらに重要な「霊地」に入っていきます。

大正8年発刊の『三宅村誌』には、この一帯の呼称として、この「水の森」という名前で紹介されています。

古木が鬱蒼と茂って薄暗く、幽邃(ゆうすい)の地

明らかに人間界の空間とも違うこの土地は、天徳寺の領地内であり、天徳寺本尊馬頭観世音の霊場です。天然の公園として昔から避暑地であり、納涼の場所として訪れる方も多かったようで、広く知られていたみたいです。

天徳寺

霊地としての顔では、修行のための寺坊が多くあったとされています。

京都東寺の日記村の古文「天徳寺に十一坊ある」ということが書かれていて、この水の森や現在の四国八十八か所石仏の場所辺りもすべて天徳寺の霊地とされていました。

ただ、今ではその十一坊も無くなってしまいましたが、それが無くなった後でも、この水の森は荒廃することは全くなく、自然の力のまま霊地というものをさらに作り出していったのです。

もちろんこれには、天徳寺の方や地域の方、保存会の方の清掃があってこそだと思います。

そんな、自然の力と保存する方たちの力のもと、今の瓜割の滝周辺の「水の森」は現在も多くの方が訪れ、観光することができ、そのためには訪れる身である私たちもマナーを守って訪問しなければならないのです。

霊地

鳥居から瓜割の滝までは、思っていたよりか歩きます。この間に霊地の実感がわいてくると思います。

では、次は遂に瓜割の滝へ到着します。

瓜割の滝

神聖な湧き水

天徳寺や売店などのある場所から数分程度歩いていくと、瓜割の滝が現れます。

瓜割の滝1

鳥居と囲いがあり、それ以外はまさに「自然」がそのまま流れています

この瓜割の滝の水は、この山の奥にある巨大な岩の下から(または間から)突然湧き出しているといいます。その湧き出した水は、すぐに渓流となって流れ出しており、この瓜割の滝まで来ているのです。

 

凍えるほどの冷水と割れた「瓜」の正体

この場所が「瓜割の滝」と呼ばれている由来は、名前の通り「瓜が割れる」ほどの冷たさから来ています。この話は、さまざまな紹介の場面で使われていると思いますから、かなり知られるようになったのではないでしょうか。

それ以外でも、この「瓜割の水」がいかに冷たいか、さまざまな表現や参考文献の話などがあったので、ここに紹介したいと思います。

  • 清冷他に絶するのでこの名がつけられた。『若狭遠敷郡誌』
  • その寒烈なること氷のようである。『三宅村誌』
  • 水中にある小石を10個拾う前に手足が凍えて疼痛に耐えられない。『三宅村誌』
  • 浸かっていると20秒足らずで麻痺してくる。『三宅村誌』
  • 昔村人が甜瓜(メロン)をこの水に入れたら、たちまち割れた。『三宅村誌』
  • 昔村人が「まくわうり」を投げたら、冷たさで自然に割れた。『越前若狭の伝説』

以上のような言い伝えがありました。

というか、ここで私が一番びっくりしたのが、「瓜割の滝」で割れた瓜って「メロン」だったんですね。なんか意外でした。たしかに瓜って言っても漠然としていましたからね・・・。

地域の水

瓜割の水は、昔からこの地区の生活に欠かせない大切な水でした。

その用途は、飲水から田畑の灌漑まであり、本当に生活の一部だったのです。

今でも、駐車場付近に蛇口があり、管理保存の協力金としてお金が必要ですが、一般の観光客でもその蛇口から瓜割の水を汲んで持ち帰ることができます。

ただ神聖な水というだけでなく、人々とも密接な関係にあるというのが、この瓜割の水なのです。

瓜割の水の自然

『三宅村誌』には、以下のようなことが書かれています。

水中の砂や石は赭色(暗い赤)を帯びていて、この水が流れる間は水草は生息しない。

しかし、現地の説明板にはこの「赤黒い」ものについての説明がされていました。それによると「紅藻類」と呼ばれるものだといいます。

むかしは、この紅藻類というものがわからず、水草でさえも赤くなって生きられなくらい冷たい水だと思っていたのでしょう。文献の時代からの時の流れも楽しんでしまいます。

海藻には非常に多いこの紅藻類。しかし、淡水での紅藻類は貴重らしいです

この瓜割の滝では、このような自然の生態にも会うことができるのです。

なぜ「名水」とよばれるようになったのか

さて、ここまで瓜割の滝についての様々な事を見てきました。

では結論と行きましょう。

なぜ「名水」とよばれるようになったのか

それは、古来より続く寺坊や修行などで信仰されてきた霊地に湧き出る清く冷たい水。地域の大切な生活の水でもあり、若狭街道とも隣接し、旅人の立ち寄りも考えられ、その水の冷たさの逸話と共に広く伝わったから。

これが、私の結論です。

この瓜割の滝は、ただ「百名水」や「避暑地」というだけでなく、地理や歴史、信仰、自然など多くの要素が交わって生まれた、大きなランドマークだったのではないでしょうか。

古来より親しまれた霊地

今も昔も多くの人々が訪れる「瓜割の滝」。

この場所には今も神聖な霊地が広がっており、古来より親しまれてきた清く冷たい水が湧き流れ続けています。

この霊地の神聖な水の森が、今後いつまでも残るようにマナーを守りながら、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

参考文献:『若狭遠敷郡誌』『三宅村誌』『越前若狭の伝説』、他由緒書き

基本情報

最寄り駅は、JR小浜線上中駅バスに乗り換え天徳寺バス停で下車徒歩5分。上中駅からの徒歩だと17分

アクセスは、国道27号線天徳寺交差点を南の集落側へ入り、看板に沿って道を進むと駐車場が現れます。

駐車場があります。

マップへ


同じ若狭町の小浜線沿線に、「宇波西神社」という神社があります。

こちらにも伝説が伝わっていますので、小浜線に乗って併せて見てみるといいかもしれません。

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