吉崎御坊にある蓮如上人のお花松とお腰掛け石【あわら市】

吉崎観光案内

蓮如上人の言い伝えは福井に数多く残りますが、あわら市北部は特に蓮如が滞在した場所でもある為多くの伝説が残っています。

その中でも吉崎御坊という場所があり、今でもその跡地が残っています。

この吉崎御坊には、蓮如上人にまつわる伝説や銅像などがあるので、今回はそれらを見ていきます。

蓮如の里「吉崎」

吉崎の駐車場

浄土真宗の高僧「蓮如上人」
そのゆかりの地として、福井県あわら市吉崎の一帯は「蓮如の里」ともいわれています。

その本拠地である吉崎御坊周辺には寺も多く、大きな駐車場、記念館、休憩所などが設けられており、観光化もされています。(ただし昔ほど人がいません・・・。)

ちなみに上写真の大きな駐車場は今後、道の駅として整備されるようで、「道の駅 蓮如の里あわら」という名前だそうです。

吉崎御坊麓の休憩所

今は既になくなっていますが、以前は駐車場横にこのような休憩所兼土産売り場がありました。

蓮如さんのパネルらしきものも建っていました。

吉崎御坊

吉崎御坊への道

駐車場から西別院横を通っていくと、雰囲気のある階段が現れます。

いろいろ書いてありますが、ここから吉崎御坊へ登ります。

吉崎御坊への道2

案内は結構あるので、それに従っていきます。

ちなみに、寺の通りを過ぎてからの階段は非常に滑りますから注意していきましょう。

吉崎御坊

さてそんなこんなで吉崎御坊へ到着です。

それなりに登ります。
吉崎の山の上にあるのです。

吉崎と蓮如上人の歴史

そもそもこの吉崎は蓮如上人が比叡山から追われてたどり着いた土地です。

その時代は、浄土真宗というのは

  • 修行をせずに「南無阿弥陀仏」を唱えるだけで誰でも浄土へ行ける。
  • 塔婆供養をしない。

等々あり、他宗派からは真宗というのはあまりいいようには見られていない存在だったようです。

その中でも、当時日本の仏教界の大勢力「比叡山」からはかなりあたりが強く、修行を主にする天台宗でもあるので、真っ向から考えが対立していたようです。

蓮如は比叡山に追われて近江を転々とした後、もともと親鸞によって浄土真宗が既にある程度根付いていた越前にやってきました。ただ越前には比叡山と同じく天台宗の平泉寺六千坊、豊原寺三千坊があり、安泰とも言えない所でもありました。なので、それらに目を付けられにくい吉崎の地へ来たと言います。それに加え、元々蓮如と以前から面識のあった人物がこの辺りにいたので、それを頼ったという理由もあったそうです。

一向一揆などの要因もあり、結局後にこの吉崎からも退去、一度小浜へ船で行って、大阪に入ったそうです。その際も蓮如は命を狙われたそうです。

ちなみに浄土真宗のことを「一向宗」とたまに言います。
この「一向宗」という呼び名は、比叡山や対抗宗派が浄土真宗を罵った言い方らしく、蓮如自身は非常に嫌っていたらしいです。蓮如曰く、親鸞聖人は浄土真宗を「真宗」としている。ということで、「真宗」というのが正しい言い方のようです。(参考:『蓮如 吉崎布教』)

吉崎御坊跡

吉崎御坊は今、山の上の平地となっています。

さらに、現在の吉崎御坊は湖畔ですが、昔は島のような形だったようです。要塞みたいだったのですね。

墓や碑、像、今回の目的の物など多くの歴史を伝えるものがあります。こういった碑や説明などをいろいろと見て回っているのも良いですね。

さて、今回のメイン、吉崎御坊の伝説などを見ていきましょう。

お花松

お花松
蓮如上人がお手植えにされた。そのとき、「この松は四百年たつと枯れる」と申された。はたしてこのお花松は枯れた。しかしその材でいろいろな細工物を作って今も伝えている。お花松のあとに御名代の松が植えられている。

引用:『越前若狭の伝説』

今、この玉垣内には3つの切り株があります。

屋根付きでいかにも大事にされているもの。その真横にあるもの。その2つの後ろにあるもの。

やはり屋根付きのものが蓮如上人お手植えのお花松なのでしょうか。

現地にも説明はありますが、「元のお花松が枯れたので代替えのお花松を植えた」という風にしか書かれておらず、どれがどれかとは書かれていないので、わからないままです。

おそらくは屋根付きのものがそれなのでしょう。

お腰掛け石

吉崎御坊腰掛け石
むかし、蓮如上人が春日明神のお使いのしかと共に吉崎のお山へ来られたとき、腰かけられた石。石の上にはしかの足跡が二つある。また上人が腰かけられたときのぬくみが今もまだあって、冬になって雪が降ってもこの石の上には積もらない。積もってもすぐ消えてしまう。故にこの石をほとり石ともいっている。

引用:『越前若狭の伝説』

伝説ではありますが、一度雪が積もったときに来てみたいところですね。

県内には蓮如上人の腰掛け石が多くありますので、そういうのを探してみるもの面白いかもしれないです。

蓮如像

蓮如像

大きな蓮如像。なぜかいつも逆光になってしまいます。

この蓮如像は、有名な西郷隆盛像を作った「高村光雲」の作であると言います。

周りの装飾も豪華です。

吉崎寺の方の話によると、戦時中この像が金属類回収令の対象になったときがあるらしいです。
以前は鉄の花が像の周りに置かれていたようで、大東亜戦争が激化すると金属類回収令の対象となって、仏の鉄の花は弾丸となったようです。

蓮如像には赤帯が巻かれ戦争一色に。終戦間際には、蓮如像も金属類回収令の対象となり、縄で巻かれ回収するため大勢で引っ張ったようですが、びくともせず、そうこうしているうちに終戦になったようです。

蓮如像は、戦争の道具となるのを拒んだのでしょうか。などと思ってしまいます。

歴史を伝え、歴史を刻んだ銅像なのです。

歴史と伝説に想い馳せ、自然と旧跡を楽しむ

吉崎御坊からの展望

多くの歴史と伝説を伝える吉崎と蓮如。吉崎御坊跡。

この吉崎御坊から眺める北潟湖、鹿島、日本海の三種盛りの景色は素晴らしいものです。

蓮如がいた時代はまさに戦乱の時代。
そんな時代に、ここからの雄大な眺めはどう見ていたのでしょうか。

ただ蓮如も、やはり福井の気候については、嫌っていたと言います。

情報提供:吉崎寺

参考資料
『越前若狭の伝説』
『蓮如 吉崎布教』

基本情報(アクセス、駐車場)

最寄り駅、バス停は、北陸本線芦原温泉駅、北陸本線細呂木駅、えちぜん鉄道あわら湯のまち駅からあわらぐるっとバスが出ており、吉崎別院前駐車場バス停で下車です。(本数が少ないです。「あわらぐるっとバス」でご確認ください。)

自動車では、加賀ICから6分

駐車場は、40台以上あります。

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