藤の名所「藤鷲塚のフジ」と白山神社のいわれ【福井県坂井市】

当記事には広告(商品リンク、旅行予約リンクなど)を掲載しています。
※ステルスマーケティング防止のため

藤鷲塚のフジの名所

坂井市の集落の一角に白山神社があり、その境内には藤の咲いています。

町名にもなっている藤の木。

天然記念物に指定されるこの藤の様子と、白山神社について見ていきます。

花見の特集は、桜や彼岸花などの名所・穴場のまとめ記事があります。

>>【福井県】桜の名所・花見スポット -有名から穴場まで情報一覧

>>【福井県】彼岸花の名所・穴場スポット一覧情報

>>【福井県】紫陽花の名所・穴場を紹介。梅雨の風物詩へ出かける

※当記事がそのページの場合があります。

意外と近くにも、名所や穴場があるかもしれません。

どこにあるのか、どんな場所か

藤鷲塚のフジ前

福井県坂井市春江町藤鷲塚集落
藤鷲塚(読み方は「ふじわしづか」)。
坂井平野の点在する集落の一つです。

この藤鷲塚集落内に、ひっそりとたたずみます。

特に観光化されている印象はなく、本当に一集落内にある神社というような場所で、駐車場やアクセスなどは整備されていません。

天然記念物「藤鷲塚のフジ」

藤鷲塚のフジの標

福井県指定天然記念物とされる藤鷲塚のフジ
現地にもでかでかと標柱があります。

昭和29年12月3日に天然記念物指定
『春江町史』によると、フジ代表的巨樹として保存要目植物の第一項により指定されたと言います。

先ほども書いた通り、ここは白山神社の境内になります。

藤鷲塚のフジ1

その境内ほぼ全面に藤棚が施され、藤の花が埋め尽くしています

ただ少し、下に垂れている数が少ないかもしれませんね。
ほとんど藤棚の上あたりに咲いています。

この藤の花の特徴として、『春江町史』を見てみます。

基部及びその延長約五メートルは縦に避けており、木質は老朽したり腐食したりして欠損し、皮層部のみが発達肥厚していることにある。このため帯状或は雨樋(あまどい)となり、一見枯死したような部分を持っている。又諸所に小孔があってしかも小孔の形は複雑である。これに加えて現在大部分の樹幹は地上に横たわり、あたかも臥竜の観があって甚だしく畸形を呈している。
引用:『春江町史』

昭和29年の調査ではケヤキを支点としていたようですが、いまは藤棚となっています。

藤鷲塚のフジ3

側面から見ると密度があがってきれいです。
写真を撮るなら、横からの方がいいかもしれませんね。

さて、少し目線を変えた視点から見てみます。

藤鷲塚のフジ幹

藤の根元辺りです。

花ばかり目が行ってしまいますが、この幹の部分を見ると『春江町史』にあったように複雑に絡み合っており、見ごたえがあります
これが天然記念物の所以なのかもしれません

幹部は10メートル、樹幹の一番太い所で14メートル
参考:『春江の民話』

支点について『春江町史』では「ケヤキ」「椿」が混同して記載されています。

藤鷲塚のフジケヤキ

現地の様子を見ると、これはケヤキですかね。

太い幹の木は葉が無いように見えます。鉄柱で支えてもありますし、藤の柱のような役割になってしまっているのかもしれませんね。

藤鷲塚の説明

現地にもある程度の説明が書かれています。

しかも、藤鷲塚の「鷲塚」の部分についての事も書かれています。
これは今回の藤とは別の伝説になるので、「鷲の伝説」が伝わる藤鷲塚八幡神社の方で紹介します。

地名の由来など、集落の言い伝えについても書きましたので、良かったら見てください。

あと少し「鷲の伝説」と聞いて、知っている方もいるかもしれませんが、前回紹介した川合鷲塚の鷲塚神社に関係してくる話です。

白山神社

藤鷲塚白山神社境内

さて、藤鷲塚の藤がある場所は白山神社境内ですので、ここからは白山神社についての話も見ていきましょう。

藤棚をくぐって正面に現在の白山神社のお社があります。

藤鷲塚白山神社社殿

白山権現
祭神:伊弉册尊(イザナミ)

現在正面の木造のお社の右側に石祠があります。

藤鷲塚白山神社祠2

おそらくこちらが古くからの白山権現社なのでしょう。
年期入っています。

白山神社について、『福井県神社誌』に少しだけ記述がありました。

四百餘年前の洪水に浮州流れ来る中に一祠あり、之を鎮祀奉るという。
引用:『福井県神社誌 1936年』

「浮州」というのは、流木や土砂などが流れてきて塊で浮かんでいることらしく、『福井県神社誌』によると、その中に白山権現の祠があったようです。

そして、1936年の400年以前ということは1500年代、足利室町時代あたりの起こりだということです。

石祠をよく見ると、文字が刻まれていました

右には「白山権現」
左には「弘治四年六月〇〇」

左の「六月」以降も何か書かれているようですが、良く見えませんでした。

ただ、「弘治四年」つまりは1556年の室町時代
これは『福井県神社誌』の記述通りの時代です。洪水で流れてきたという言い伝えは、伝説ではなく本当なのかもしれませんね。

こうやって、郷土史と現地の様子が一致するのは見ていて面白いものです。

藤鷲塚と藤の木の密接な関係

藤鷲塚の藤の木、藤の花はこの区にとって特別な意味を持っています。

『春江の民話』の伝説によると、かつて福井坂井平野がまだ湖だった継体天皇の頃、この湖にはいくつかの島が点在し、藤鷲塚もその一つだったと言います。
藤のつるが絡まっているその小高い丘に人が住み始めたのが始まりという伝説です。

あくまで伝説ではありますが、そんな古い時代からあったという事が語り継がれるほど、この区にとって「藤」という存在は大きく重要なものなのです。

平野に浮かぶ一集落は、この藤によってこれからも注目されていくことでしょう。

白山権現の扁額

参考文献
『福井県神社誌』
『春江町史』
『春江の民話』

基本情報(アクセス、最寄り駅、駐車場)

最寄り駅は、えちぜん鉄道三国線西春江ハートピア駅から徒歩16分

自動車では、丸岡ICから12分

駐車場はありません。
集落の公民館や集落センターに停めるのが良いと思います。
八幡神社の前のスペース、もしくは藤鷲塚生きがいセンターなど。
路駐している方がほとんどでした。

マップへ

  • コメントはメール返信ができませんので、該当ページ上での返信となります。
  • コメントは審査をしますので、反映・返信までに数日かかる場合があります。(1週間経っても反映・返信されない場合はサイト運営者に何かあったと思ってください)

コメント