見るたびに富士かとぞ思う野坂山
白きこうべにふれる白雪
野坂岳、または野坂山。
福井県敦賀市にある敦賀富士とも謳われる名山であり、敦賀三山、そして敦賀最高峰の山です。
今回、敦賀の野坂いこいの森から登る野坂コースを順番に記録し、行者岩などの見所や山の言い伝えなどを見ていきます。
野坂岳について
まず、野坂山の基本的な情報について簡単に見ていきます。
標高913.5m。
花崗岩により形成。
参考:『山々のルーツ』
花崗岩という事は酸性岩なので、アルカリ性を好む「ヒル」はいないとみていいですかね。やったぁ。
馬の背のように「あからさまな危険な場所」がないことから、難易度は低めという認識。もちろん十分な注意は必要。『福井県神社誌』には、「嶽上初夏・仲夏の頃迄、雪尚残りて、盛夏といえ共冷にたえず。」と書かれるほどの山です。
山岳信仰として栄えた山。
かつて、御嶽権現または六社大明神の神社があったが、現在は小さな社のみ。
道中には、地蔵2体と一の岳、二の岳、三の岳がある。
現在は麓に野坂神社と野坂大権現が祀られる。
山岳信仰として栄えた山ならば、その名残も残っていることでしょう。途中で伝説や言い伝えなども交えて紹介するので、興味ある方は飛ばさず見て行っていただければと思います。
ではいきましょう。
野坂岳登山
4月30日。
野坂いこいの森第1駐車場
今回の出発地点は、野坂いこいの森第1駐車場です。
登山口はもう少し先になるのですが、ここも駐車場であり、トイレも完備(写真の小屋)されているので、ここから行くのもおすすめです。
上の方はキャンプ地でもありますから、人も多そうです。
野坂登山口
そこからだいぶ登って、キャンプ地を越えた一番奥に登山口があります。
その道中、やはりキャンプの方々もかなりいらっしゃり、これから登る方もいました。
登山口には、野坂山大権現の看板(写真左)があります。
そして、この最初の道はかなり滑ります。苔が生えているのです。滑り止めが一応ありますが、それでも滑ります。
もし不安でしたら、この登山口のもう少し右へ行くと、もう一つの登山口がすぐそこにあります。
こちらは滑りません。
また、「熊注意」の看板もありました。
敦賀でも熊が人里まで出てきていますので、鈴は必須ですね。
当サイトには色々と登山小道具紹介してる記事があったりします。まあ、私初心者の必要と感じた者なので、興味のある方だけ見て頂ければと思います。
では続き行きます。
序盤道中
序盤の道です。
杉林の中、側溝のある切り出された、道らしい道ですが、足元は石がゴロゴロとあります。
この道がしばらく続きます。
U字ブロック橋
しばらく行くと、野坂山の名物らしい「U字ブロック橋」が現れます。
特に難所というわけではないですが、名物のようなので楽しんで行けばよいと思います。
登山道と遊歩道の分岐
「探鳥路」と「野坂山頂」の道が分岐します。
ここから、登山道の本格化が予想されます。しかし、未だに杉林が続きます。
谷川沿いの道
しばらく行くと、登山道らしい道になってきました。
谷に川が流れており、それに沿って一気に登っていきます。
滝らしい風景や花たち、岩などが現れ出し、見所が多くなってきます。
水辺の階段と「栃の木地蔵」
水の音が大きくなり、見えてきたのはまさかの階段です。
登山道でこういう階段を見つけると何故か興奮するのです。なぜでしょうね。
そして、この階段のある水場を渡る手前に、野坂山の地蔵さんである「栃ノ木地蔵」さんがいらっしゃいます。
ちょっと上の方にあるので、素通りしてしまうかもしれないです。
『山々のルーツ』では、「時の木地蔵」と表記されていますが、おそらく間違いかな?別名ではないでしょうね。
この『山々のルーツ』によると、この栃ノ木地蔵は、野坂山が山岳信仰で崇められてきた名残ではないかとも書かれています。
野坂山では有名な場所でもあります。
旅の安全を祈ります。
谷からの展望
さらに登っていくと、展望できる場所に出ます。
敦賀平野を望むことができます。ただ、ここは広場ではないので、休憩はできません。
ここの魅力は、谷が下っている場所の上に立っているという事です。そのため、山肌も見下ろせることで、地続きになっている広大な大地を感じることができるのです!(自分で何を言っているのかわからない)
休憩所
森の山道を進んでいくと、休憩所が現れます。
ちょっとした広場もあり、座れるような所もあります。
ここはまだ一の岳ではありません。
所々に咲いている椿
野坂山の所々に椿の木があります。
そして、4月30日の登山でもまだ咲き残っている花もありました。
この季節に、椿を見ながらトレッキングも良い物です。
行者岩分岐と変わった空間
しばらく歩くと、謎の空間に出ます。
いままでの森を抜け、背の低い、地面とほぼ並行して生える木々の群生です。しかも枝幹のみで葉がついていない。
おそらく雪の重みか何かでこのような生え方になっているのでしょう。
今までが青々とした森が続いていただけに、この行者岩手前になって急に枝だけの木が変わった様子で立っているので、不思議な空間となっています。
行者岩という修験の名を持つ知の為に、このような景観になっているようにも思えます。
行者岩
行者岩分岐には「行者岩」の看板も掲げられています。
少し道からそれます。
しばらく、この背の低い木々をよけながら歩いていくと徐々に道が荒れてきて、狭くなっていきます。
すると、、
いきなりこんな急坂が現れます。
ロープが張ってあるほどです。しかも狭い。
いままでの、整備された余裕のある登山道とは全く違う様子です。
どこまで続くのか心配ですが、せっかくなので行かないわけにはいきません。
トンビ岩の二の舞にならなければいいのですがね・・・。
そんな心配はいりませんでした。
登った先がもう行者岩の上だったのです。
これが行者岩。
上に立っているので、どれくらいの大きさなのかはわかりませんね。
途中岩肌は見えましたが、全貌は見られないようです。
岩の上からは敦賀平野を望めますが、少々木々が邪魔をします。
この行者岩に関しては、特に資料に何か書かれているわけでもなく。
ただ山岳信仰の名残の場所なのでしょう。
一の岳と「行者の袖地蔵」
さて、行者岩分岐から本道へ戻り登り続けていくと、そう経たないうちに広場が現れます。
一の岳です。(写真暗いですが「一の岳」と書いてあります。)
ここは座るところもあり、休憩スペースにもなっています。
ただ少し日差しが当たります。
『山々のルーツ』によると、この「一の岳」という名前、後に現れる「二の岳」「三の岳」という名前も、「一の峰」「二の峰」「三の峰」といい、昔行者たちが付けた懐かしい名前なのだそうです。
さらに『敦賀志』にはこうも書かれています。
毎年六月二十四日、夜をこめて衆人この山に登る。一の嶽に至りて旭日の出ずるを観、二の嶽・三の嶽・四の嶽に至りて小祠あり。
引用:『敦賀志』
山岳信仰の地としては、この「一の岳」は結構重要な地点のようです。
ちなみに、『敦賀郡誌』では若干書いていることが違います。
一の嶽、二の嶽、三の嶽を越えて、四の嶽に至り、旭日の登るを拝す。
引用:『敦賀郡誌』
一の嶽で朝日を見るのか、四の嶽(山頂)で朝日を見るのか。
実際はどっちなんですかね。
さて、この「一の岳」には見所があります。ここに来たら絶対に目に入る地蔵さんです。
祠があります。
この地蔵さんも山岳信仰の名残なのではないかとされる「行者の袖地蔵」です。
小さな地蔵さんと、新しめの観音さんがいらして、いろいろ供えられています。
「行者の袖」というのは、近くにあった先ほどの「行者岩」に関連付けられそうな名前です。
特筆されたことがないので、それ以上の言及はできませんが・・・。
ただ、旭日を拝む場所ともされる一の嶽です。
こういった地蔵さんがあるという事はやはり特別な場所なのでしょう。
心地よい山道
一の岳を過ぎたあたりから、風が気持ちよく、とても涼しくなります。
やはりあそこは、霊地の入口なのかもしれませんね。
道も緩やかになり、足取りが軽くなります。
しかし木々たちは躍動していますね。ありのままの自然があります。
二の岳
二の岳です。
一の岳からは結構歩いたような印象です。
二の岳の周りは特に何もなく、ピークというわけでもない場所に「二の岳」の看板がありました。
ブナの森
少し傾斜が出てきましたが、このブナ?の森、とても良い場所です。
風が良く、涼しく、木々があるので日影が多い。
傾斜といってもそこまできつい傾斜ではないのでゆっくりと行けます。
ここは、野坂山の楽しみの一つかもしれません。
三の岳
二の岳からほどなくして三の岳です。
こちらは若干ピーク地点でしょうか。
尾根を歩いている感じです。ブナの森の中にあるとても心地よい場所で快適です。
さあ、後は山頂を目指すのみです。
野坂山避難小屋と御嶽権現社
ほどなくして、小屋が現れました。
もうすぐそこが山頂です。
とりあえず気になるので、中を覗いてみます。
おお、いい味の小屋です。
色々置いてあります。写真にはないですが、右壁にはここから見える山々の表記と写真がパノラマにしてあります。左手前には台があります。
そして、右奥に社がありますね。
今回の目的の一つである野坂の神、「御嶽権現」ですね。
拝します。
現在は、野坂神社は麓にあります。
山頂はすぐそこですし、せっかくなので、ここで今回の野坂山の言い伝えや、伝説、由緒など深く見ていくとします。
登山の続き、というかもうそこが山頂なのですが、その続きのレポートを見たい方は次の項目は飛ばしていただいて、
【山頂と絶景>>】
へ飛んでいただければと思います。
野坂御嶽権現と信仰、伝説
敦賀最高峰の山であるためか、多くの言い伝えや信仰の話が残っています。
この章では、野坂山についての深い話をしています。
平重盛と敦賀富士
見るたびに富士かとぞ思う野坂山白きこうべにふれる白雪
見るたびに富士かとぞ思う野坂山いつも絶せぬ峰の白雪
平重盛が歌渓庵で歌ったとされるものです。
なぜか二つ伝わり、どちらが正しいかわからないそうです。
また、平重盛関連ではこの野坂山に館跡があったという記述もあります。『山々のルーツ』によると、歌ヶ谷という場所に館跡を建てたらしく、歌渓庵というそうです。しかし、「歌渓庵」は今もありますが、それと同じものなのでしょうか。
いずれにせよ、この野坂山は景勝の地であったようです。
野坂山の伝説(信仰の起こり)
平重盛の館跡も野坂山の伝説ですが、それに関連した伝説がこの野坂山の起こりの伝説になってもいます。
先ほど少し言っていた平重盛の館跡は「山の中腹にある」と『越前若狭の伝説』に書かれており、それによると、
むかしある女が難産で苦しんでいるのを重盛が見て、白山大権現をお祭りした。そのときひとりの坊さんが現れ、石の観音を刻んでいったので、これを権現に祭るようになった。後にこの坊さんは弘法大師であることがわかったという。 引用:『越前若狭の伝説』 |
という内容でした。
しかし、現地にも野坂山信仰の起こりが書いてありましたが、『越前若狭の伝説』とはだいぶ違う内容でした。
説明板は現地にあるので、詳しくはそれを見てもらえば良いのですが、簡単に説明すると、
野坂山を開いたのは弘法大師で、敦賀に来た際、西南の山に紫の雲がたなびいているのを見て、「仏のいる霊地」ということで光の挿す方へ目指し、そこで小さな石仏を見つけた。
という事だそうです。
いずれも弘法大師が関係しているのは同じなようです。
どちらの伝説も野坂山の起こりとしておきましょう。
山岳信仰
野坂山山頂付近には「御嶽権現安置所」があり、避難小屋の中に社があります。
伝説を伝える野坂山。郡内最高峰として篤い信仰をうけています。
その信仰の代表格が「御嶽参り」なのでしょう。
毎年6月24日の夜のぼる。
先に記した通り、一の嶽で旭日を見て、二の嶽・三の嶽・四の嶽に至るというものです。
この御嶽参りについて、『越前若狭の伝説』には「7月23日の祭礼には、地元数百名がご幣を持て夜遅く山頂に登り、日の出を拝む。」と書かれています。
これはまた日付が変わってしまいました。どちらが本当の日付なのか。
日付がずれているのはなぜなのか。1か月のずれは旧暦問題を思い浮かべますが、いずれの郷土誌も大正以降なので旧暦は関係ないと思うのです。単純に間違いか。
『山々のルーツ』『敦賀郡神社誌』『敦賀郡誌』など他の郷土史には「6月24日」と書かれていたので、間違いと見ていいのではないかと思います。
この「御嶽参り」について、『敦賀郡誌』には野坂の青年が先登するといい、道は野坂神社前から行く。ここでは、「四の嶽(山頂)で旭日を見る」と書かれています。
さらに『越前若狭の伝説』には、「秋の祭り」として、9月24日に「馬とばし」という、「馬を連れてきて、堂の回りを駆け回った。」としているが、他の郷土誌で裏が取れず不明。しかしこうして書いているという事は本当なのか。もしそうならすごい重労働だったでしょう。
今は麓の野坂神社がメインの神社になっています。
このように篤い信仰をうける山の神社に一度行ってみてはいかがでしょうか。
そして可能なら、その元である野坂山に登ってみるのも良いかと思います。
次の項目で山頂ですが、素晴らしい景色も待っています。
山頂と絶景
山頂
避難小屋からすぐに山頂です。
山頂はかなり広く、皆各々がゆったりと過ごせる場所です。
「野坂岳・標高」の標、三角点があります。
山頂広場内でも多少の標高差があり、座ってくつろぐのも良いです。
敦賀平野展望
大パノラマ。敦賀平野を展望。
敦賀駅、敦賀港、金ヶ崎、敦賀湾、全部見えます。北陸本線、小浜線も展望。
ちなみに、敦賀半島の方を見ると「水島」もチラ見している。
これはかなり良い眺めです。県内でもかなり眺めの良い山なのではないでしょうか。
どこを見ても眺めがいいです。
若狭湾・三方五湖
若狭湾を望む。そして三方五湖がチラ見え。
あれは日向湖か水月湖ですね。どっちかはわからないです。
白山
福井方面には白山を望む。
若干雲がかかっていましたが、その奥に残雪の白山が顔をのぞかせていました。
嶺北よりさらに奥の山を望めることもですが、伝説で「白山大権現を祀った」という話も書かれていましたし(これはあくまで伝説)、そんな伝説が伝わっている山頂から白山を望むのはロマンがありますね。
滋賀県琵琶湖
福井県と反対側、滋賀県を見ることができます。
琵琶湖、安曇川河口付近(右の突き出てる所)?、能登川付近?
正確な位置はわかりませんが、確実に琵琶湖と滋賀の町を見ることができます。
このように、4方を楽しむことができる野坂山山頂なのでした。
敦賀を見守る信仰の山
「郡内最高峰」の野坂岳。
敦賀平野からならほとんど何処にいても見ることのできる山。
山に登れば敦賀平野を見渡せます。
修験の山として、そして信仰される山として親しまれ続け、その美しい「敦賀富士」の姿を歌に詠まれるまでに愛されました。
この野坂山は今も昔も敦賀を見守り続け、その姿はこれからも変わらずにあり続けることでしょう。
参考文献
『山々のルーツ』
『敦賀志』
『敦賀郡誌』
『越前若狭の伝説』
『敦賀郡神社誌』
『福井県神社誌』
『現地説明板』
基本情報(アクセス、駐車場、トイレなど)
最寄り駅は、JR小浜線粟野駅から登山口まで徒歩32分。
自動車では、敦賀ICから16分。敦賀西ICから11分。
駐車場は2ヶ所。
野坂いこいの森第1駐車場に十数台ほど。登山口へは少しばかり遠いですが、こちらの方が確実かと思います。
野坂いこいの森の一番奥の登山口手前に10台ほど。(ここはキャンプに来られる方も使うかと思います。)
トイレは、上記駐車場の2ヶ所ともにあります。
麓には野坂神社もあり、この山の神が祀られます。
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