福井県若狭町無悪に歴史的石が存在していました。
かつて四面に区分けする条里制を行った際に測量の起点とする石だったということです。あまり詳しくはないのですが、歴史上重要なものであるとのことでここに記します。
条里制
簡単に言うと、今の区画整理のように土地を四角に区切るものだそうです。詳しくはwikiに載っています。
地理
鳥羽谷の北側。
かつて重要な浜だったとされる田烏への途中の地区になります。
条里制起点石があるのは、その無悪の道の途中にある無悪ふれあい公園ないです。
無悪の起点石
資料にはこう書かれています。
無悪条里制当時の起点石
鳥羽地区無悪部落の平坦地の田に昔条里制を行ったと伝えられ、約六町四面の田が整然と区画されている。一の坪二の坪などの字名が残っているが、当時の測量の際の起点となった平面な自然石が部落の町道の田に面した路傍に現在残っているが、近年道路改修の時約二間ばかり移動したという。子供などがいたづらにこの石に所々水溜まりの穴をあけている。
条里制を研究する上において貴重な資料である。三生野へ通ずる道路上の左側にある。(奈良朝時代遺跡)
引用:『上中町郷土史』
ぱっと見ただの石にしか見えませんが、これが歴史的遺物のようです。しかし現地にもしっかりとその説明がされており、歴史を物語っています。
それに郷土史にあった通り、確かに穴が開いています。
不思議な歴史の遺物。ここにあります。
参考文献
『上中町郷土史』
基本情報
最寄り駅 | 小浜線大鳥羽駅から徒歩27分 |
自動車 | 若狭上中ICから2分 |
駐車場 | なし |
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