福井県越前市味真野地区五分市の田んぼ、字べれ天(弁才天)の中に、ポツンと生垣のようなものが生えた場所があります。近づいてみると、それは椿の木で、祠も祀られています。
これを椿女郎といって、この地域では言い伝えとなっているのです。
今回はその場所を訪れ、郷土資料に残る言い伝えや考察をここに記録したいと思います。
伝説
昔、鞍谷川に沿った三田村新左衛門さんの家の前に大きな椿の木がありました。その下は昼でも暗くて、子供たちは椿女郎が出ると言って怖がっていました。
ある日、椿女郎が三田村さんの家に、お風呂を使わしてほしいと言って来ました。心よくつかわしてあげたのですが、その後に行ってみると、お風呂の湯がぞっとするほど冷たかったそうです。
引用:『味真野夜話』
こちらの伝説は、味目のの中にある椿女郎の伝説の一つ。今回私が訪れる場所のものとは違う椿女郎の地の話のようです。
椿女郎の伝説は、この味真野内で多数言い伝えられており、その中の一つに、今回の田んぼの真ん中にある、「べれ天の椿」があるのでしょう。
三田村家の話と同様に、霊泉寺にも、かつて樹齢七百年と言われていた椿の木にも椿女郎が出ると言われていたようです。
では、今回の「べれ天の椿女郎」へと行ってみましょう。
現地の様子

べれ天の椿女郎がいるのは、小丸城跡の裏側の田んぼです。
このあたりが、「べれ天(弁才天)」という字名になっているようです。

望遠で望むと、ここからでも祠があるのが確認できますが、せっかくなので近くまで行きたいと思います。


季節的にもちょうど椿が咲いている時期に来ましたので、雰囲気が出ます。少しばかり畦道からは入りづらくなっているようです。普通の人は来るところではないのでしょう。


祠は少し崩れかけているようにも見えます。椿の木の中にあると言った感じで、まさに椿女郎を祀っているのかという感を醸し出しています。
椿の木は、昔からの言い伝えでは大木であったと言いますが、現在はこのように生垣のようになっています。
田んぼから拝みやすい形状になっていることから、「田の神」の質も持っているのではないかとも思いましたが、郷土資料を見ると、「山の神」の性質を持っているのではないかという考察になっています。
その点については次に詳しく、郷土資料を見ていきます。
それにしても、椿の鮮やかな色と、葉の緑と、祠の石の色は、こうもふるさとの心の色であると。この配色はなぜか心を和ませてくれる配色です。
椿女郎とは
さて、ここで椿女郎とはなんだ、ということを見ていくのですが、『味真野夜話』にそのことが考察されています。
初めに、椿女郎と混同される伝説が書かれており、
- 身代わり名号の話で、椿原という場所が舞台になり、これと混同される。
- 城福寺の幽霊塚の伝説の幽霊と混同される。
ということが指摘されます。
どちらも味真野の伝説になり、椿が関係する伝説と、人ならざる者が関係する伝説で、間違われることがあるようです。これを除外して考えていきます。
椿女郎の伝説にあったもので、「風呂が冷たくなった」という話があることについて、「雪女」にも思われるともされますが、郷土資料では、
雪女は雪の中に出没する妖怪である。椿の木の下に出没する椿女郎は雪女ではない。
としています、では何なのか。ということになりますが、ここからは、『味真野夜話』をそのまま引用します。
我々の先祖にとって、春が来た歓びを伝える代表的な木は「椿」だったに違いない。だからこそ、木偏に春と書く「椿」という国字があるのだろう。椿の木の下に出没する椿女郎は、春にやってくる超常の世界の女である。これに該当するものと言えば、農山村民の守護神として信仰されている「山の神」が考えられる。春には山から里にやって来て、秋には山に帰っていくという。総じて山の神は女性の神だと信じられている所が多い。味真野の椿女郎は、この山の神が変化したものではないだろうか。
引用:『味真野夜話』
私は、べれ天の椿女郎を見て、田の神ではないかと思ったのですが、パッと見郷土資料には「山の神ではないか」とされていたので、間違っていたかと思いましたが、よく読むと、その性質はまるで山の神と田の神は同一であるようにも感じます。
そう思って調べてみたところ、山の神が春に里に下りて田の神になるという、そういう性質があるようです。
これまで山の神には幾度となく触れてきましたが、そんな性質があるなんて知りませんでした。まだまだ知らないことがあります。この椿女郎の伝説で、また一つ知識が増えました。椿女郎に感謝です。
ちなみに、このべれ天の椿女郎が恐れられるのは、椿の群生から椿女郎を連想したからではないかと言われているようです。
このべれ天の祠は、「元来、金屋塘の水の神・弁才天を祀った石祠と考えられる」としています。
田の神ではなかったようです。たしかに字名が「べれ天(弁才天)」なので、水の神と言う方が納得がいきます。
しかしこの地における水の神も、ある意味では田の神ともいえるのではないかとも思います。
おそらく、水の神、山の神、田の神というのは、明確な境界はないのではないかと、今回そんな風に思いました。
参考文献
『味真野夜話』著者笠嶋怜史 出版2012.2
基本情報
| 自動車 | 武生ICから5分 |
| 駐車場 | なし |


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