一言主神社(坂尻)に残る古き信仰の痕跡【美浜町】

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一言主神社

福井県美浜町坂尻の神社。

由緒や御祭神を見ていくと同時に境内の石塔などの遺物。大量の灯籠、境内社などを見ていきます。

神社を囲む社叢は大木が生い茂り古くからの神社の姿を見ることができているように思えます。

御祭神・由緒

祭神:一言主大神、迦具突智神、市杵島姫命、大山祇命
創立年不詳。初出は『若狭郡縣志』に「一言主神を祀る。九月二十五日に祭礼がある」と書かれており、そこから一言主神社と言われるようになった。明治四十二年に山神社、宗像社、愛宕社を合祀。
一言主とは雄略天皇が葛城山行事の際に「悪事も善事も一言で言い放つ神だ」と自称した神で、「一言で託宣する主の神」の意味を持つという。大国主の子。
参考:『わかさ美浜町誌 祈る・祀る』『御大典記念福井県神社誌』『三方郡誌』

坂尻集落の奥にあり、その参道に至る道も昔ながらの狭い道です。地図も見ずに訪れるとおそらく迷います。私は迷いました。

拝殿

一言主神社

拝殿です。道のサイドには供えの場所がありました。まさに拝殿という感じです。少し思ったのが、仏教寺院の形にも似ているなという点です。

なかなか古い形式の拝殿なんじゃないかと思います。若狭の神社はこういう形の神社が多いですね。

一言主神社

鳥居

一言主神社鳥居

鳥居ですが、ここで特徴的な部分に目が行きます。

柱の部分。上は木で下が石なのです。

一言主神社鳥居

何かの拍子に折れてしまって立て直したのか、もともと石材不足のために木を使ったのか。

木の部分もそう新しくはなさそうですし、かなり前からこの形ではあるみたいです。

本殿

一言主神社

本殿は戸で仕切られ室内になっています。

部屋の外観や内観は結構最近作られたような感じで綺麗でした。

その中にある本殿は古びた威厳ある社です。このギャップもまた良いです。

境内社

この一言主神社は合祀も多いですが、境内社も多いです。

機織姫神社

まず本殿左にあるのは、西宮神社、金比羅神社、機織姫神社。

機織姫神社はこの坂尻の田園にあったとされる機織り池に祀られていた神社です。機織り池には伝説もあります。

 

本殿右側です。

一言主神社鳥居境内社

八幡神社、夷神社。

夷神社とは蛭子のことのようです。

 

一言主神社鳥居境内社

外には日吉稲荷があります。

 

このように多くの神社が、境内社・合祀されて祀られているのです。

つまりこの一言主神社は、この坂尻にとってかなり大きな存在であるということです。この地には多くの神が集まっているのです。

この地が宗教・信仰的にも重要な場所であるというのは、更に境内を見ればわかります。

信仰の色が残る境内

数多くの灯籠

一言主神社鳥居境内

境内はそんなに広いというわけではありませんが、それに対して灯籠が多すぎます。写真を撮った背後にもありました。

もしかすると合祀・境内社になった神社たちの灯籠も中にはあるかもしれません。

しかしこの量はもう信仰が形となっていると言えるでしょう。

石塔や謎の石

一言主神社鳥居石塔跡

境内にはこのように神事の時に使われていたであろうと思われる謎の石や石塔の破片が多く置かれています。

一言主神社鳥居石塔跡

ぱっと見、笏谷石製です。ここも信仰がよくわかります。石塔の破片がこんなにあるということは、やはり拝殿の時に感じた仏教感は間違っていなかったようです。

大木の根元に置かれた石塔の欠片が古の信仰を思わせます。

その他

一言主神社参道

その他、階段に名前のようなものが彫られていました。

「三谷六」と書いてあります。

階段の柱に彫ってあることはよくありますが、階段に彫ってあるのはあまり見たことがありません。意地でも名前を残したかったのか。

これもまた信仰の証でしょうか。

参考文献
『わかさ美浜町誌 祈る・祀る』
『御大典記念福井県神社誌』
『三方郡誌』

基本情報

最寄り駅美浜駅からバスに乗り換え坂尻バス停下車
自動車若狭美浜ICから3分
駐車場千鳥苑
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