神社

▲登山部

日野山へ登山|中平吹コースから名所難所や伝説をレポート【福井県】

7月。福井県の越前市と南越前町にまたがる山。標高は795メートル。難易度は中級ほどですが、比丘尼ころばしなどきつい所もあります。荒谷コースも人気ですが今回はメジャーである中平吹登山口から山岳信仰と伝説、歴史や地理地質なども含めて見て山頂を目指す。駐車場は広い。ヒルはいないが熊はいるので対策も必要です。分岐ルートもある。
伝承・伝説

部子神社(白粟)の「幸運の龍」伝説と大本集落とのつながり【池田町】

福井県池田町白粟の部子神社(へこじんじゃ)についての訪問レポートと、その神社に伝わる伝説を見て行こうと思います。この部子神社は、彫刻や信仰、龍など様々な伝説や言い伝えが残る神社でもあり、古くより地域から信仰されてきた、神さびた神社の異界の雰囲気をかもしだす神社です。アクセス情報なども少し載せています。
伝承・伝説

市姫神社と荒土町布市集落の由来を探る【勝山市】

今回はこの、福井県勝山市荒土町布市集落と集落内にある市姫神社の由来と言い伝えを探っていきたいく。布市という名前や昔の名残を見せる仲乃橋など歴史的観点から、村に伝わる市の神様の神社の伝説まで紹介。市姫神社の伝説には、村にとってショックな話も残っています。勝山の布市や加賀野々市の時代背景などをみて考えていきます。
神社・寺院

【越前町】織田町細野・岩倉の剱神社

神饌幣帛料供進神社に指定されている。忍熊王が悪賊退治のため、左右・玉川の両浦から追討して、この地に着かれたとのいわれでこの地に建てられたと伝える。織田町の剣神社と言えば、織田信長とも縁のある越前二の宮劔神社が有名。この細野の神社は剱神社とされているが、延喜式には伊部磐座神社と記載されている。座ヶ岳の神社を遷座したとも。
伝承・伝説

「楠木正成の墓」がなぜ平泉寺白山神社内にがあるのか【勝山市】

福井県勝山市の平泉寺白山神社内、奥之院三宮横に楠木正成の墓があります。なぜこの地にあるのか。伝説と訪問レポートを紹介します。楠正遠の末子恵秀が白山権現の前に坐して行をしていると、兄の正成がよろいかぶとに武装した姿で、そのかたわらに立ったといいます。現地へのアクセスや駐車場の情報も掲載します。
伝承・伝説

平泉寺白山神社の「牛岩馬岩」伝説と丑の刻参り【勝山市】

平泉寺白山神社は、福井県内有数の名所となりました。平泉寺には広大な菩提林があります。勝山城博物館付近から延びる長い参道です。舗装された道もありますが、旧参道の石畳も残っています。牛岩馬岩周辺に駐車できるスペースはありません。一方通行で追い抜く幅もないです。付近だと、菩提林入口の駐車場から歩いてくるのが無難だと思います。
伝承・伝説

【坂井市】梶の貴船神社にある「継体天皇の腰掛け石」

継体天皇がこの地へこられた跡。その地に継体天皇が座ったとされる「お腰かけ石」があったが、明治初期に貴船神社に移された。『参考:越前若狭の伝説』継体天皇(日本書紀では男大迹王)と三国について書きます。『坂井郡誌』は大正元年の資料。継体天皇の出身地が「三国」だという説があります。彦主人王と振媛の子が継体天皇なんですね。
永平寺町

【永平寺町】松岡「芝原の鋳物師」の歴史と薬師神社

この芝原の歴史は古く、その地には古くより「鋳物師」が存在していました。「ぬえ退治」や「石川五右衛門」の名まで出てくるほど。起源は、奈良時代とされていて、当時の奈良朝廷より、養老七年にこの地の鋳物師に下されたという古文書も伝えられています。この古文書を「養老の御牒」といい、現在は近くの神社に納められています。
伝承・伝説

北新在家のてんぐ松伝説【勝山市】

そんなわけで、てんぐ松を求めて、勝山市荒土地区北新在家です。この村のお宮には、三年前まで変わった形の松があり、てんぐ松といわれていた。村人はこわがって夜は近づく人もいなかった。北新在家にはたしかに一つだけ神社があります。少名比古那神社です。境内には銀杏や杉の大木があり、そうとう昔からの社と見えます。
伝承・伝説

室の長者伝説、松岡町柴神社の春日明神にまつわる伝説【永平寺町】

永平寺町松岡春日にある。春日大明神の尊像で今摂取院に安置されている。「春日大明神」が、柴神社に祀られている「お春日さん」。別当を賽泉院(後に吉祥院)という。社地は葵丁にあったが、松平昌勝公の館建設にあたり、慶安三年に移転。若宮と社務所らしき施設がある。閻浮壇金像が関係している。春日山古墳に埋蔵されていた遺物も関係。
旧跡・名所

東大味集落の名所。八幡神社と奉安所、溜池と初坂のいわれ【福井市】

馬場や茶屋あともある。木造阿弥陀如来坐像。泰澄開基といわれる八幡神社。明治天皇皇太后両陛下御真影奉安所。東京の明治神宮建立に東大味の軍青団も馳せ参じた。東大味用水溜池は戸田弥次兵衛が作り、小堂がある。泰澄が腰掛けた念珠石。念珠坂の石畳を女官(お初の方)が完成させた。茶屋出とよび、越藩拾遺録に「東大味村遊女町なりし由。」
伝承・伝説

彌和神社の言い伝え「さいの神」 宮川村の神籬だけの神社【小浜市】

加茂村の大戸の入り口にひもろぎ(神垣)だけあって社殿のない神社がある。弥和(みわ)神社というが、村人はさい(歳)の神とよんでいる。大歳彦明神を祭るため、この名の文字をとって、さいの神とよぶのだそうだ。このさいの神の祭日に子どもを境内に捨てて、大戸の人に拾われると、めでたいと言って、子どもを捨てる人が多いという。
伝承・伝説

【池田町】廃村、下荒谷集落訪問

内田教正や利右は平泉寺から移住。伝説として、蛇谷に住む大蛇の為に祈祷を勤めたら、蛇は昇天して竜女となったといい善願は大蛇を見て驚死したと伝える。善願の為に下の地蔵が建てられたと伝える。上の地蔵の背銘には内田利右ヱ門永禄元年の刻名がある。藤原魚名(上野介左近将監)の塚。八幡神社。下荒谷の伝統行事銭社撒き(ぜんじゃまき)。
伝承・伝説

大本の守り神「大石な様」伝説と最後の訪問【池田町】

大石な様。昔はこの谷の奥の「モノケ洞」に夫婦岩と呼ばれる二つの大岩の一つがまくれ落ちて、ここで止まったと伝わっている。大口谷橋がある。伝説「黒い雨」。村の川上の蛇の住むと言う龍双が滝の上に薬師如来を安置して、雨乞いをした。伝説「幸運の龍」。白粟の部子神社に雌龍雄龍がいる。池田川という力士が、この龍を厚く信仰した。
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