
人生って何でしょう。
社会って何でしょう。
今回そんな疑問について深く考えて行き、私個人の見解を示したいと思います。
「人生」とは何なのか
人生とはいったい何なのでしょう。
私が思うに、「人生」とは「社会」で生きることを言うのではないかと思うのです。
人は生まれた時から「社会」に囲まれています。
たとえ個人個人が1人の人間として存在は独立していようとも、周りはおそらく多くの社会が渦巻いていて、その状況の中にいるのではないでしょうか。そして私たちはその社会の中にいて、抜け出すことはできないと思うのです。
だから、自分には合わないような人間や、合う合わない以前の問題の人間も多く存在するのです。
「人生」とはその社会の中で、何とか生きて行かなくてはいけない道なのです。
では、「社会」とはなんでしょうか。
「社会」とは何なのか
学生時代の「社会」
小さいころ、学校や部活、クラブ活動で
「社会に出るための訓練」
なんて言われてきたことが、誰にでも必ずあると思います。
私はふと思ったのですが、学校や部活動は社会じゃないんでしょうか。今思えばあれも十分社会だと思うんですけどね。
人と比べられて、非難される厳しい部活の世界を社会と呼べないのでしょうかね。
ただ学校で教わった「社会」というのは、「働く世界」のことらしいですね。
「社会」の定義
中学校卒業した時にもらったと思われる国語辞典『新明解国語辞典 三省堂』にはこう書いてありました。
①家族や帰属する組織・団体などを単位として生活を営む人々の集団。(広義では人以外の動物についてもいう) ②職業を同じくする人たちの集団。 出典:『新明解国語辞典 三省堂』 |
確かに、「働く世界=社会」という定義もあながち間違いでもないようですね。
たとえ好きな事で団体で集まって、好きな事をするというのは、「社会」とはみなされないんでしょうね。
どうやら日本の「社会」の定義は、この「働く世界」のことらしいです。(日本だけじゃないかもだけど)
もう一回言いますが、学校とか友達とかも十分社会ですがね。
きっと人と関わらない仕事でも、働いて金さえ稼いでいれば「社会」とみなされるんでしょう。
さんざん言われた「社会」という言葉
「社会に出るための訓練」
「社会に出たら通用しない」
「社会人になるためのウンタラカンタラ」
ああ、耳が痛いですね。
今までさんざん言われたことです。今になって思うと、すべて「仕事」のことを言っているんだなと思います。
日本での社会は、「仕事」をしてこそなんだと。
社会人とは
そう、社会人というのはそういうわけで「仕事をする人」という意味なんですね。
でも逆に、仕事をしている人の「仕事」や「会社」以外の「社会」って・・・?
ない。なにもない。
「社会人」と言われる人たちにとっての「社会」の場が、「仕事」以外に何もないんだ・・・!
これならいっそ「社会人」じゃなくて
「仕事人」
といったほうがいいんじゃないのか?
かっこいい・・・!しかし、その中身はあの仕事人同様「闇」の中なのだ。
いや、これを言いたかっただけじゃないんですが。
とにかく、何が言いたいかというと、
「社会人」となってしまったら、「仕事人」として、仕事中心の人生を送る、ということなのです。
とてもつらいです。
しかし、これが現実なのです。「社会人」のね・・・。
そして、それが「人生」なのです。
人生を生き抜くためには仕事をしていかなくてはいけないのです・・・。
「社会人」として「人生」を生きてゆく
仕事のために生きてゆく。
そんな楽しい人生(錯乱)を送るために、学校で学んでくるんですね!
しかし、最近では昔から言われる「社会人」とは違う働き方もできるようになりましたね。一部の人からは「そんなもの社会に出たとはいえない」なんて言う人もいるかもしれませんが、とにかく合法的な手段で金を稼げればよいのです。
本当につらい時は、そこを目指していくのも良いと思います。
「社会」をどう生き抜くか、どうやって自分に合った、自分の都合の良いように(ただなるべく迷惑はかけずに)生きていくか。これを試行錯誤しながら生き抜く。
それが「人生」なのだと思うのです。
おわりに
人生は難しい道です。
「人生」とは生まれた時から確定した「社会」という渦の中を生き抜くために、「社会人」として「仕事」をしなくてはいけない。そして、その状況をいかに自分の為に使うか、考えて生きなくてはいけないのです。
そんな人生は山あり谷あり。様々な問題にもぶち当たります。
それでも私たちは、生きている限り何とかして生きなければならないのでしょう。
さあ、明日も頑張ろう。
私達は「仕事人」なのだから!
あのBGMが流れてきます!!
(ちなみに私が一番好きな曲は、新・必殺仕事人の「闇夜に仕掛ける」です。)
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